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母と僕の秘事

それは唐突なことだった。母と二人旅行に来た日の出来事である。
泊まったあるビジネスホテルでの母の一言からだった。
「男の子ってオナニーするってホント?」僕は何を言い出すのかと思った。
「この前テレビでやってたから」だからと言って息子に直に聞く母親はいないだろう。
「まあ、年頃の男子は普通するよね。」そうありきたりに答えた。
「ふーん」そう答える母に「なんで?」
「いやどうやるのかなーって」この人の頭はどうなってるんだろうと思う反面少しイタズラ心が芽生えた。
「チンチンを擦るんだよ」というと「へー」と不思議そうな母。
「見てみたい?」と冗談半分に言ってみた。「!?」と一瞬顔を引きつらせるが無視をして話を進ませる。
「ちょっと準備をしてくる」と何かを言おうとした母を無視してトイレへ入った。

僕は何考えてをいるんだろうと思いつつ、トイレットペーパーを用意する。
部屋絵戻り母の座る椅子の前にTシャツとトランクス姿で立つ。
母はの視線はどこを向けているかわからない。おもむろにトランクスを脱ぐ。
「お母さん、こうしてチンチンを擦るんだ」と擦りながら言う僕。
母は目を背けたまま…。「お母さん、ちゃんと見て…」そう声をかける。
(本当に僕は何を考えているんだろう)そう頭をよぎる。しかし何故かやめるつもりはなかった。

声をかけられた母は決心がついたのか、自分のを擦り続ける僕のアソコを見た。
静寂の中で2、3分はしただろうか母が口を開く。「で、どうなの?」
そう僕のアソコは全く大きくならないそれどころかいつもより小さいくらいだ。
やはり母の前でオナニーなど普通できるはずがない。だがそれを認めるのはプライドが許さない。
「普段はオカズを用意するんだよ!」と教える。
「オカズって何?」と返す母。「いや、エッチな本とか色々...」と聞き取れるか取れないくらいの声の僕。
何とも言えない空間にますます萎む僕のアソコ…。そこで僕自身驚く事を言った。

「お母さんのオッパイ見せてよ!」と…。言われた母は驚いた顔をしつつ、黙っている。
しかし、数分黙っていたが意を決したのか着ていたユカタの上をはだけてオッパイを晒した。
母の胸はそこそこデカい、体としてはぽっちゃり体系である。好きな人には好きな体系である。
少し垂れているが、乳首はやや上を向いている。「こうでいい?」母はややうつむきながら答えた。
「う、うん…」そう言いながら擦ると少しづづ大きくなる僕のアソコ…。

それを見た母は「あ…」と声をあげる。僕のアソコの先は粘液でぬらりと濡れていた。
「お、オッパイ触っていい?」と僕は聞くと母は無言でこくんと頷いた。
何十年ぶりに触る母のオッパイはハリがなかったが熟女特有の柔らかさがあった。
右手で自分を擦りつつ左手で母の左胸を揉む。母は僕の顔を見ずに息子のソレを凝視し続ける。
胸の周りから乳首へ指を這わす…。一瞬ビクッとなる母。首回りがかすかに桜色になっている。
乳首を摘まんだり引っ張ると「うん!」とかすかに呻く母。「あまり乱暴にしちゃだめよ」と言う母の声はとても艶っぽかった。

母と子でしてはならないことをしているという認識のためかいつも以上の興奮がくる。
普段は厳しい母だが今は色んなことを我慢していることがわかる。
そんな母へぼくはさらに色んな事をしたくなった。
僕はいつも以上に大きくなったモノを母の乳首へ押し当てた。

「きゃあ!ちょ、ちょっとやめなさい!」と急に我に返った母が言う「やめなさい!怒るわよ!!」と母。
しかし僕はとめられない「お母さん!!もう止まらないんだ、いいでしょ」そう言いつつ腰を振り母の胸の先に押し付ける。
母は時々「うっ!」と呻きつつ嫌々をするが僕は止まらない。
「お母さん、お願いだよ挟んで」と母の目を見つつお願いをすると母はゆっくりと両腕で自分の胸を挟み僕のアソコを挟んでくれた。
「ハァ、ハァか、母さん。き、気持ちいいよ!!」母は答えずに擦り続ける。

しかし、気持ちが乗らないのか動きが単調である。
「や、やっぱりもうやめよう、これから先、こんなのはマズイでしょ!ねっ!」そう母が言う。
だけど僕はもう何も考えられなかった「ならママって呼ぶよ!今だけならいいでしょ!!」
「な、何を言ってるの!?」
「お、お願いだよママっ!も、もうイキそうなんだ!で、でちゃうよっ!」
「で、出るってなにが?」とこんな時に天然なことを言うママである。
「せ、精液だよっいいイクよ!ママのオッパイに僕の精液出すよ!!」
「え、ええっ!?」と言いつつさらに激しく擦られる。
僕のアソコは更に大きくなったかとおもった瞬間、先から勢いよくどろっとした液が迸った!
僕が「ああっ!!」と声をだし、胸で僕の精液を迎え入れた母が「あっ!」と同時に叫んだ。
挟まれたままのアソコからこれまで以上の量の精液が溢れ、母の胸と顔の一部を汚した。


その後はあまり覚えていない。僕はトイレットペーパーで拭き取っているうちに母はシャワーを浴びに行ってしまった。
僕はそのまま寝てしまったんだ。


母と息子の親子丼

もう16年前の話です。
当時大学3年生だった私は、バイト先の38歳のパートさんと肉体関係にありました。
彼女は真矢ミキさんに似た美人バツイチで、その匂い立つ色気に私は若さの全てを吸い取られていましたから、彼女をミキさんと呼ぶことにします。
ミキさんに出会うまで私はロリコン気味で、女子中学生や女子高生とばかり付き合っていました。
でも、大人の女の色気と妖艶なまでの淫乱を知った私は、女性の美しさを思い知らされたのでした。
柔らかな白い肌、男を知り尽くした淫猥な陰唇、勃起して剥き出た淫核、蠢き陰茎を誘い込む膣穴、蕩けるように包み込む膣壁、くねらせる腰、
「あっ・・・あはぁ~・・・」
快楽の啼き声、熟した女とはこうも猥褻な生き物なのかとすっかり虜になっていました。

そんなミキさんには裕紀という中2の息子さんがいました。
裕紀はマッシュルームカットのような髪型で、どことなくユニセックスな顔立ちでとても可愛い男の子でした。
その裕紀は、成績もいいのですが理数系が弱く、工学部の私に家庭教師の白羽の矢が立ったのです。
中学2年の後半、私は裕紀の勉強を見てやりながら、ミキさんの旨い体を味わっていました。
私は、3年生が終わって春休みになりましたが、裕紀の中学2年がまだ終わらなかったので帰省せずにいました。
そんな時、ミキさんがふるさとで同級会があるとかで、一晩ミキさんの家に泊まることになったのです。
男同士、一緒に風呂に入ると、裕紀はじっと私の陰茎を凝視すると、急に背中を向けたのでどうしたのかと思ったら、裕紀は思い切り勃起させた陰茎を手で隠していました。
「おいおい、起っちゃったのかい?オナニーしていないのかい?」
というと、恥ずかしそうに、
「だって・・・好きな人のおちんちん見ちゃったんだもん・・・」
14歳の男の子の裸は華奢で、やっと毛が生えた生白い陰茎を剥いて洗って恥垢を取ってやりました。

裕紀の部屋で、私達は裸で抱き合い、唇を重ねました。
「いつも、先生のことを思って、オナニーしてるんです。」
「え?俺にどうされていることを想像してオナニーしてるの?やってみてよ。」
すると裕紀は、壁に掛かっていた帽子掛けの柄を一つ外して、コンドームを被せると唾で塗らして、肛門へ差し込み出し入れしながら陰茎を擦り始めました。
「俺のチンポを尻の穴に入れて欲しいのか?」
コクリと頷き、私に向かって股を広げました。
まるで幼い女の子のような可愛い顔をした男の子が、私に陰茎を弄られてウットリとしていました。
ミキさんとラブホでローションプレイをしたときの残りを陰茎に塗って、私は裕紀の肛門に陰茎を差し込みました。
「あっ・・・ああっ・・・あぁ~~~・・・」
根元がキュウキュウと締め付けられましたが、先の方はふんわりした不思議な感触でした。
ゆっくり腰を振りながら、裕紀の陰茎を擦っていると、ビクン!と震えた裕紀の陰茎から、ドピュドピュと精液が溢れ、
「はあぁぁぁぁ~~~・・・」
と喘ぎながら、なんとも間抜けな顔でヨガッていました。
残念ながら裕紀の尻の穴では、私はあまり興奮できず、亀頭への締め付けもないので射精に至ることはありませんでした。

それからというもの、私はミキさんと裕紀の母子と性的な関係を結ぶようになりました。
裕紀の尻穴に陰茎を挿入するのは毎週土曜の午後と決めていました。
それ以外のときは、高校受験勉強の息抜きに裕紀の陰茎を苛めてやりました。
単語帳のリングで裕紀の陰茎と淫嚢を締め上げ、血管が浮き出た少年陰茎を優しく扱いてやれば、先走り駅を流しながら腰が動きますが、陰茎がビクッとしたら手を止めます。
ハアハア激しい息遣いで、腰をクイクイさせて手コキをせがむ中3の少年が可愛く見えました。
少年の若い勃起力は素晴らしく、ついには単語帳のリングのロックをバチッと外す勢いでそそり起ち、ビュビューーーっと激しく精液を噴出したのです。
裕紀の精液は、裕紀のパンツで拭いて、洗濯機に放り込んでやりました。

「ねえ、ウチの裕紀、パンツに精液ベットリつけてたのよ・・・」
「ミキさん、裕紀君、ミキさんを想ってオナニーしているみたいなんだ。母親じゃなく、オンナとしてミキさんを見ているみたいなんだ。ミキさんに抜いて貰ったら、凄く喜ぶんじゃないかな。」
半年後、私が大学を卒業して帰郷するとき、ミキさんの下腹部が少し膨らんでいたのに気付くと、
「あの子・・・私の中で何度も射精しちゃって・・・こんな事に・・・でも、私生むわ・・・」

大学を卒業して15年、私はあの頃のミキさんの年齢に、ミキさんが産んだであろう裕紀の子供はあの頃の裕紀の年齢になっているが、今、とても気になる。


30年間の思い

中学生の頃から母親のタイツ&パンストを履いてオナニ-してきました!今年で45才になり女性経験が風俗嬢相手に一度しかありません!このまま死ぬまでオ ナニ-生活かと思うと考えてしまいました!すぐ傍に大好きな母親がいると!経験を練って、今年の1月から自宅で80デニールのタイツ直履き&白ハイソック ス姿で母親の前を歩いたり、着替えたりしています!タイツ越しにうっすら短小ちんぽが透けて見えるので最初は母親も気になっていましたが1ヶ月もすると母 親が「若い頃、よくお母さんのパンストを盗んだいたよね!」って見抜かれていました。30年間で盗んだパンスト&タイツは150足以上になります!最近は 母親から「暑くなってきたからタイツをやめてパンストにしたら?」って言ってきました。パンスト直履きだと思いっきり短小ちんぽが透けていて、母親に見ら れても平気になりました。5月に30℃を超えた時は黒のサスペンダ―ストッキング&白の三つ折りソックス姿で1日を過ごして準備は整いました!勇気を出し て母親の入浴中に押し入りました!最近、私のちっちゃなちんぽを見慣れた母親ですが、65才の自分の裸体を見られた事がショックで私に「変な事、考えない で!」って私を拒みましたが浴室の床に押し倒し抱き締めました!無理やり挿入しようと母親の膣にちんぽが触れた瞬間に射精してしまいました。母親は「女性 経験がないんでしょう!」って言って縮んだ短小ちんぽを手に取ってしごいて勃起させて自らの膣に導いたのです!2、3回腰を動かした瞬間に射精してしまい ました!昨日までで母親と10回、セックスしました!まだ10秒と持ちませんが母親は協力的です。また報告します!

母は俺達の性処理奴隷

祥子(母:40歳)と俺は近親相姦をしている。
事の始まりは3年前になる。

中学受験を控えた俺は、成績が思う様に上がらず苛立っていた。
中学2年までは、学年でも上位にいた俺だったが、3年になると辺りが上がったと言うか?
俺の成績も落ち込み始めていた。
親父は地元の進学校に進む事を期待し、それ以外は眼中に無いと言った感じ。
母も親父と同様の考えだった様だ。
俺なりに頑張ったんだが、第一志望の高校へ入る事が難しいと先生に言われ、渋々第二志望へ
落とす事になった。親父は呆れ顔で、話をする事も無くなった。
毎日のストレスに俺は心が破裂しそうだった。
受験と同時に親父の海外勤務が決まり、俺は母と2人で暮らす事になった。
ランクを落とした事で受験は上手く行ったが、父からは”おめでとう”の言葉も無かった。
受験ストレスから解放され、俺は古い友人(3人)と遊ぶ毎日。
そんな俺に母が”そんなダラけてたら高校でも成績が落ちるわよ。また失敗したいの?”と言う
言葉に俺の中で何かが外れた感じがした。

<春>
高校の入学しを終え、教室で新しい担任の挨拶と顔合わせが行われている中、廊下で母がPTAの
役員を頼まれていた。専業主婦だった事もあり、母は役員になった様だ。
それから数か月が過ぎた6月。高校で仲良くなった友人が強張った顔で俺の所に来たんだ。
 『驚くなよ。これ見ろよ』
 『なんだよ!急に』
友人が見せて来たのは、母が見知らぬ男性とホテルに入る所の写真だった。
 『これ!お前の母ちゃんだよな』
 『あ~どうしたんだよ、これ?』
 『男なぁ…俺の親父なんだ』
 『嘘だろう!』
 『本当だよ!最近PTAとか言って夜出るから、おかしいなぁと思ってたんだ』
 『付けたのか?』
 『偶然!友達と遊んだ帰りに、親父が見知らぬ女と歩いていて…気になって後追ったら』
 『マジかよ』

あんなに綺麗ごとを言っていた母が浮気していたなんて…春に言われた”失敗”と言う言葉が蘇り
母に対し苛立ちを覚えた。
友人も親父の浮気で家庭崩壊は困ると言うし、何としないと…そう思っていた。
その日の夕方、俺は友人を家に招き母に浮気の事実を追求しようと思っていた。
母をリビングに連れて来て、写真を見せると体を震わせ”違うの…”と一言。
友人と罵声を浴びせ、浮気について話させると、全てを語り始めた。
もう二度と友人の親父と会わない事を約束させ、更に俺は母に”裸になる様に命じた”
 『出来る訳無いでしょ』
 『じゃ、親父に報告するだけだよ』
 『それだけは…』
 『親友に迷惑かけたんだから、それくらいして謝罪の意を見せてよ』
 『でも裸って…』
 『友人の親父に散々見て貰ったんだろう!さっさと脱げよ』
諦めたのか母は、服のボタンに手を掛け、少しづつ服を脱ぎ始めた。
押さない時に見てから、母の身体は何年と見ていない。
身長156cmと小柄で人妻らしい肉付き、胸はEカップ程あり、色白肌だ。
脱いだ母をソファーに押し倒し、俺は友人と母を襲った。
初めは抵抗もしていたが、世間体も考えたのか?大声を出す事も無く、俺と友人の肉棒を受け入れたのだ。
初めての女性が母だった俺は、マンコの気持ち良さに母を女としか見れなくなっていた。
友人が帰った後も、俺は母と一緒に風呂に入り深夜まで母の身体を弄んだ。
”こんな事は駄目なのよ!親子でSEXは駄目なの!分かるでしょ”
そんな事を言い続けた母も、俺の肉棒を挿し込まれると”あ~…ダメ!”と言いながら息を荒らし最後は
”凄い気持ちイイ!ダメ変になっちゃう”と息子の肉棒に狂わされ逝き捲っていた。
一線を越えた2人は、もう元に戻る事が出来ないのは当たり前で、俺は毎日暇を見ては母の身体を
求め、友人も時々来ては母と一線を交えていた。
半年も過ぎると母は完全に俺の性処理奴隷となっていた。
色々な道具責めで、完全に母は痴女に変わり自ら俺の上に跨り腰を動かす程だ。
家を訪れる友人も2人に増え、母に色々なプレーを求めていた。
気づけば母は3穴同時に責められる程で、数か月前の清楚なイメージは無くなった。
そんな事とは知らない親父は、海外から時々電話を掛けて来る。
半年に一回程帰って来る親父だったが、母にはSEXしない様に言いつけて有る。
元々、夫婦の営みも少なかった様だし、父も向うで良い事しているのだろう!

1年も過ぎると、俺が帰宅すると既に友人が来ていて、ソファーに縛られた母が極太バイブを前後に
入れられ、喘いでいる事も多々。
友人は配達員が来ると母にエッチな姿で出向かわせるが、危険が漂うので俺は注意している。
母の陰毛は数か月前に除去され、肉棒とバイブを挿し込まれ続けちょっと黒ずみが濃くなっている
様に感じる。母と出かける時は、カップルの様な感じで、昔の親子よりも仲が良くなったと思う。
母も俺の事を恋人として接しているし、俺の奴隷である事を認識しているから、何処でも俺の指示に
従う。

早い物で、母と関係を持って3年が経過した。
今でも親父は海外勤務。母と2人毎日楽しく過ごしている。


最近外来に来た子の話3

おかしな親(変態としか思えない)がいました。子どもとではなく、お母さん一人で来院されました。
「平日なので、息子に学校を休ませて、連れて来ようと思ったのですが、とりあえず相談だけしようと思って、私だけ来ました」ということでした。
「どんなご相談ですか?」というと「小学6年の息子が包茎で、なかなか剥けないんです」と答えられました。
話を良く聞くと、小学6年の息子さんと毎日お風呂に入り、体を洗ってあげ、おちんちんを洗ってあげるときに剥いてあげるそうです。
これだけでとても過保護なんですが、話はこれだけではありません。
もう小学6年なのに家が狭いという理由で、一緒に寝ているそうなんです。
私が「失礼ですが、夜の生活はどうしているんですか?」と聞くと、「子どもの寝ている隣でしますよ。声は押し殺していますけど、起きちゃうんじゃないかと思うと興奮するんです」と言っていました。
もう病気ですね。
さらに「息子は性的なことに興味が全くないようなのですが」というので、「今の年齢から考えるとなくてもおかしくないですよ。時間がたてば嫌でも持ちますよ」と答えておきました。
一週間後にお母さんとその男の子が病院に来たので調べたのですが、確かに性的な興味はゼロでした。
その子が中学生になって最初の診察に来たんです。もうお風呂に一人ではいり、寝る時も一人だそうです。随分変わったなと思い、お母さんに聞いてみました。
なんと夜の生活を見せたというのです。キスしている時に息子さんが見ていることに気づいたのだそうですが、性教育になると思い、そのまま最後までしたそうです。
それで次の日に一緒にお風呂にはいると、勃起してしまい、何も言わずに体を洗ってあげ、その後、口でしてあげたそうです。
さすがにこのままではまずいと思い、子ども部屋を作ったというのです。
私の患者さんにも中学生なのにお母さんとお風呂に入る子ども、オナニーを手伝ってもらう子ども、子供の隣でセックスする親もいます。
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