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母娘

人妻由紀子肉調教

45才脂ものった妖艶な肉奴隷妻由紀子の記録です。
由紀子を初めて見たのは、我が社に高卒で入社してきた時です。
多くいる新入牝社員の中でも一際目立っていました。

顔立ちは地味で特には美人ではありませんが、制服のブラウスの胸元に大きく張り出した乳房が目にとまりました。
ベストの上からでもわかる括れとタイトミニが包む、量感のあるヒップを見た瞬間から勃起したのです。

今まで多くの牝社員を餌食にし、パートや短期学生アルバイトも含む牝を貪りました。
一回で飽きた牝も多かったですが、肉調教して仲間達の玩具として貸し出しもしてきました。
今でも気に入り肉奴隷として愛用している牝肉もいます。

その中でも中々身体の関係にまでは直ぐになりましたが、専用になるのを拒んだのは由紀子だけでした。
入社後初めての慰安旅行で、酔わせて中出しセックスをし、朝まで突きまくり携帯も無い時代ですが、フィルムカメラとビデオカメラで
散々嬲りあられもない姿を記録にのこしました。

ここまでしたらどんな女も大概は、牝になる事を承諾するのだが、それ一回きりでその後の性交渉は10年間無かったのです。
画像に残したことは告げずに付き合いを迫ったのですが、初めて処女を捧げた男の元に嫁いで行きました。

この時必ず由紀子をものにして、肉調教して性欲処理専用奴隷にしてやると、誓いました。
この間は会社の女には手を出さないで、社外の女やマンションのオーナー夫人など数人を調教し、欲求を満たして来ました。
転機が訪れました。

由紀子に似た女を手に入れ、性調教し仲間と輪姦プレイや4Pプレイなど愉しむ牝肉に仕上げました。
由紀子の代用品牝の実家に両親が不在の時に押し掛け、やった後物色していると一冊のアルバムが目にとまりました。
代用牝の母親も美味そうな身体なんです。

代用牝がその時28才独身だった時、牝母は50才と若く十分調教して楽しめて、さらには妊ますことも可能だと密かに思いました。
もう1ページめくるとそこには、由紀子が写っていました。
姉妹だったのです。

その数週間後代用牝を使って、罠を仕掛けました。
牝母に温泉旅行が当たったと嘘を言わせて、混浴が出来る某温泉旅館に二泊三日で2人で出かけさせました。
言葉巧みに外湯に誘い出させ、旅館からは少し遠いが山間にある夜天風呂に行かせました。
ここには、脱衣所は無く服を掛けるだけの竿しかありません。

まともな女性はあまり来ないが、露出好きのカップルやレイプ願望がある牝が一人で来ます。
そこへこの2人を向かわせ、先回りした仲間にタオル禁止と立て看板を設置させ、隠れて待つこと
1時間2人があらわれました。

最初は警戒していた牝母も牝娘に促され脱衣して、入湯しました。
旅館には浴衣作法として下着は身に付けずに、着るべしと書いた偽の栞を用意させていた。

この旅館も同好の肉棒紳士が経営していたので、プレイに参加させることを条件に承諾させていた。
その他、凌辱倶楽部メンバーも宿泊していました。
ですから、竿には、浴衣と手拭いのみが掛かっていました。

浴衣の1つを隠し、私と仲間5人が彼女達が入浴している狭い風呂に入りました。
牝娘は調教済みだったので、特に恥ずかしがってはいなかったのですが、牝母は見ないようにしているのがはっきりわかりました。

出入口は我々が陣取っていたので、帰ることも出来ずにいたところ、私が近付き話しかけ、良い身体してますね、
遊びませんかと誘いましたが、あいてにされず強引に牝母の乳房を鷲掴んでやりました。

悲鳴をあげて許しを乞いましたが、聞く耳を持たず2人の間に割り込み2人を抱き寄せました。
牝2人の乳房を揉んでやると、娘は助けて下さいと懇願されました。
が娘をバックから挿入してやりガンガンついてやりました。
牝母は取り乱し娘を守るため必死でした。
罠とも知らずに。

娘から抜いた肉棒を母親の口に突っ込み、フェラさせました。
娘には先に宿に帰って奉仕しろと命令して返しました。

娘からは母親の生理周期を聞いていて、ちょうど危険日に当たるように計算してあり、今回の二泊三日の輪姦プレイで確実に
孕ませることが出来ると確信していました。

1人になった母親にフェラの後おまんこに生挿入、数分後降りてきた子宮に大量放出し、続いてフェラさせたら持ってきた
ローションを肉棒とアヌスに塗り込み挿入しました。

前の穴には仲間が入ってきて、サンドイッチにして周囲が真っ暗になった頃まで輪姦し続けました。
解放してやると、泣きながら手拭いだけを持って逃げるように暗い林道を走って逃げていきました。

旅館の近くで追いつき、全裸で困りはてているところを捕まえて、私のヨレヨレのタンクトップを着せると、裾がかろうじて
腿の中間まで隠れるが、大きな乳房は乳首以外はみ出しています。

部屋に入るとまた輪姦し続けてやりました。
別室では宿の主人に娘を貸し出していていました。


「何でもする」と言った彼女に母親と3Pさせろと言った

昔酔った勢いで彼女を振ったら、「何でもするから」って言うんで「母親と濃厚な3Pさせろ」って言ったらそれが本当に成功しちゃった…。当時彼女18歳、母親38歳だった。

 元彼女になるが、当時は某有名エリート女子高へ通っていた。ある日、彼女のバイト先で一目惚れして連絡先を渡したらデートする事になって順調に交 際に発展。彼女は処女では無く、見た目清純だがかなり淫乱タイプ。後で知るが、心に病を抱えているタイプだった。何でも言う事聞くどM娘でした。

 彼女を迎えに行く母親と顔を合わせてるうちに仲良くなっていった。母親の仕事は婦警で、子供に激甘な典型的なお母さん。若くして産んだだけあり、見た目や雰囲気は鈴木砂羽な感じ。とても明るく、街でたまたま会えば無理矢理お茶に付き合わされたりしてたな。

 娘は勉強で挫折し、知らぬ間に登校拒否をしてたらしいが、夜しか会わない俺は知らなかった。毎晩毎晩やりまくり、アナルまで完璧に仕込んで楽しん でたある日、母親から呼び出されて内情を聞かされた。登校拒否をしてる事実、精神を病んで病院へ通っていて、俺と遊ぶ以外は引きこもりな状態である事。た だ、俺はまだ結婚はしたく無いし、いくら迫られても厳しい旨をやんわりと伝えていた。

 その時、母親が冗談なんだか「娘を貰ってくれるなら何でもします」と言っていたんだが気にも止めず、引き返せなくなる前にと別れを切り出した。 「何でもしますと言われても信用出来ないし、実際にやれと言えばそこまでは出来無いと騒ぐだろう」と言ったが、強烈な内容の奴隷契約書+借用書にサインし てと言うとあっさりサインした娘。

「じゃあ明日からソープで働いて貢いで」と言えば次の日に本気で面接を受けてくる始末。これは重すぎると切り出したのが、母親との3Pだった。しか も、「ただヤらせた位じゃ納得しないよ?レズプレイ+タブルフェラ+中出しは絶対な」と言うと、本当にしたら別れないかしつこく聞かれた。

 3日経ったしたある日の朝、彼女からどうしてもプレゼント渡したいから会いたいとせがまれ、渋々家に呼ぶと母親も一緒だった。とりあえず家に上 げ、何事かと聞くと母親が「娘が、どうしても満足させられないから女としての嗜みを教えてくれと頼まれた」と軽く震え声交じりに口を開く。「それは?」と 聞けば、母親が一緒にアダルトビデオでも見ながら話さないかと言い出した。娘を見ると目配せされたので、半信半疑で「ビデオじゃあれだから実戦で」と笑い ながら言うと、母親があっさりと承諾した。

 え?って思ったけどとりあえず、「じゃ、皆でまずはお風呂に!」と言うとさっさと風呂の支度をして三つ指ついて迎えに来た。風呂支度をしてる母親に聞こえない様に、娘に聞いたら何しても絶対大丈夫と言うし、ドキドキしながらも半分開き直って母親を恋人気分で相手した。

 風呂に行くと母親が娘に身体の洗い方をレクチャーし、身体を洗い流し終えたら浴槽に腰掛けて直ぐにフェラが始まった。母親は娘よりも巧みに玉袋からネチネチと責めてからネットリと咥える。娘に咥える心得みたいのを言っていたが、ドキドキし過ぎてよく覚えて無い。

 風呂は狭いからと、部屋に移動すると母親の濃厚なフェラ講義が開始された。母親も娘も、残念ながら制服では無く全裸だが、母親と娘と交互にフェラ をしながらはしゃいでる。その時点で既に発射してもおかしくないと皆は思うだろうが、実際は若干萎縮してたたないもんだわ。母親がアナル舐めを開始した辺 りから、娘がフェラをして母親がアナルから玉袋を責める。母親がフェラをすると娘がアナルから玉袋を責める。

 しかし、萎縮して半立ちだからかなり長い事しても発射出来ず。母親が娘に舐め方が悪いと言いながら俺の乳首を舐め、娘にも舐めさせたと思ったら娘 も寝かせて母親がいきなりクンニを開始した。何となく促されて母親をクンニすると娘がフェラを開始し、奇妙な三角関係が開始される。しばらくすると母親は 娘と濃厚なキスを開始し、お互いにクンニをし始めた。若干取り残され気味で意識が遠のいたが、この間にトイレでおしっこをして戻ると母親が土下座しながら 挿入させてくれと頼んできた。

 横になると乳首からネチネチ責め、軽いフェラの後に騎乗位で自分からズブズブと挿入してきた。食い入る様に結合部を見つめる娘に腰の振り方を教え ていたが、この時点で既にコッソリ射精していた。3分も持たなかったが、とりあえず半立ちだと緊張してる程で押し通してプレイを続けた。

 母親に言われて娘にも挿入しなきゃならない状態になったが、なにせ既に中出ししてるからダブル妊娠が怖くて躊躇してたら母親が耳元で「娘は安全日よ」と囁いてフェラをしてくれた。

 娘が騎乗位で挿入し腰を振り始めると、娘の乳首を責める母親。正直何故こんなにやるのか意味が解らないが、一生に一度だしと母親の目の前で娘を責めまくってイカせてみた。母親はズルいと呟いて股を開き寝て、挿れてくれとせがんできた。

 娘から抜いたばかりのイチモツを、そのままさっき中出ししてグチャグチャの母親にゆっくり挿入した。母親はしっかりと抱きつきながら下から腰を使 い始めた。娘は後ろからアナルを舐め始めた。弾力は娘のが柔らかく、しなやかでよく濡れる。母親はしっとりとして弾力やキツさは無いが、強烈な締まりがあ る。締めてないとガバガバだが、締めたら娘の2倍はキツイ。

 締められた拍子に2度目の発射をしたら、母親が耳元で「出し過ぎ」と呟いてきた。やはり気付かれてたらしい。しかし出してない体(てい)でそのま ま抜かずの何とやら。母親がイクのと同時に3度目の中出しを喰らわせた。正直、2人とも妊娠したらどうしようとか無理矢理結婚させられたらどうしようとか ドキドキしながら放心していた。

 朝から開始して既に昼過ぎだし、どうしようか悩んでいると、母親が「若いんだから」と娘を抱く様にお願いされた。「いやいや、流石に無理ですよ」 と返すも「まだ1回しか出して無いから大丈夫よね?」と笑顔。とりあえず栄養ドリンクを飲んで娘を抱いてみたが、母親の締まりを味わった後だと若いだけで 大味。しかも3度も出した後だけに、どうにもならない+萎縮も有って半立ちまでが限界だった。

 やはりAVみたいにはいかないのがリアルの世界だと痛感。ちょいイラついた俺は、娘に蟻のと渡りをさせろと要求して母親と抱き合わせた。上下に好 きなように抜き差しを繰り返してみたが、母親の締まりを味わうともう止まらない。母親をバックから思いっきり突きまくり、4回目の中出しをした。

 母親も大きくイッて娘の上に崩れ落ち、娘は母親の中に出され垂れてくる精子にまみれながら放心していた。俺はそのまま眠りに入り、気付くと娘は風呂へ、母親が隣に寝ていた。

 母親に事情を聞くと、母親は娘がリスカを繰り返してたから恐くて断れないし、どうせなら思いっきりやろうと思った、と。中に出されて驚いたけど、 どうせならとことんって思ったらしい。そんな母親を抱き寄せてフェラをさせてたら娘が出てきて混ざり始めた。朝までイチャイチャを繰り返し、都合6回母親 に中出しした。3Pは流石にその1回だけでした。

 彼女とはその後20歳になるまで続いたけど、彼女の誕生日にあちらから別れを切り出してきて終わりました。3Pの後は、母親は"娘と仲良くして貰 えるなら"と、肉弾接待をしばしば受けてました。週1から2週に1回位だったけど、相談したいとメールが来ると必ず中出しOKでした。

「娘には内緒で」と言われてたから、何となく背徳感で興奮出来たのを覚えてる。風の噂で母親が子供を産んだと聞いたけど、俺は認知は迫られては無いです。娘は中退してましたねー。父親は刑事さんでした。

 婦警ならではのプレイは残念ながら無いですが、とにかく締まりが凄いのは普段から取り締まりばかりしてるから‥とかw 鍛えてるからとにかく締ま りが良かったです。娘は暫くは普通だったけど、だんだん向こうが冷めてきて終わったよw 母親は婦警が後先かまでは解らないけど、旦那はその時既に刑事 だったらしいから多分婦警になってから産んだはず。娘と別れてから1回話し合いで会いましたが、それが最後でした!

 子供は自分のか解らないけど、中出ししかしてないから怪しいのは事実。フェラで思い切り吸われてるより締まる、まさしく名器だったから楽しむ余裕無かったのが残念。


N美とH美

妻(N美39才)と妻の母(H美)と私で温泉旅行に行ったときの話です。
 私は以前から寝取られ願望があって、N美が他人にエッチされている
ところを見たいと思っていたのですが、N美に思い切って告白しても相手
にされず変態扱いされていました(まぁ実際変態なんですが…)。
最後には、「おかあさん(H美)に言うから…」とまで言われて、
実は密かにH美ママのことを狙っていた私としては、ひきさがらざる
を得ませんでした。ちなみにH美ママは、もうそこそこの年ですが、
年齢の割には若く、変態な私は、いつかは俺のものに…なんて考えていました。
 そんなこんなで、悶々とした日々を過ごしていた去年の夏、妻が
H美ママと旅行に行くことになり、なぜか私もお供することとなりました。
結局運転手として指名されただけなのですが、「H美ママと、もしかすると
ハプニング…」なんていうスケベ心が働いて承諾したんです。
 二人は温泉宿のパンフを見ながら楽しそうに計画を立てていましたが、
私はその横で、同時に私に弄ばれながら、激しいレズプレイに興じる
二人の姿を想像していました。
 旅行当日、私は実現不能な妄想を諦めつつ、宿へと車を走らせていましたが、
バックシートで指を絡ませ、寄り添って寝ている二人をミラー越しに
見たとき、もしかして…という期待が再び襲ってきました。
 何故、寝取られ願望がこんな形の妄想に姿を変えたのか自分でも不明です。
ただ、日頃から洋服をシェアするほど仲のいい母娘の仕草や言動のどこかに
何か淫靡なものを感じていたのかもしれません。
 夜遅く宿についた私は、布団すきの仲居さんと、挨拶に来た女将が立ち去るの
ももどかしく、いきなりラフなツーピース姿の妻にむしゃぶりつき、激しい
ディープキスをしました。
H美ママの目の前で…短めのスカートの奥のお尻をまさぐりながら…
もう血液が沸騰して、自分が何をしているのか判断できませんでした。
ただ、びっくりしたH美ママの瞳と、愛撫されハァハァと呼吸しながら、
何故?というように見つめてくるN美の、光の消えたような瞳が記憶に残っています。
 ひっこみのつかなくなった私は、そのままH美ママに見せつけるように、エッチ
を続け、着エロ状態でもだえるN美が半イキになったタイミングで、H美ママの手首
を掴んで引き寄せ、強引に3Pの輪に引きずりこみました。
 N美もH美ママも抵抗しませんでした。私の欲望のままに愛撫を受け入れ、
競うように可愛い声であえぎました。
N美の中に放出した肉棒をそのままH美の中に入れ放出し、それをまたN美にしゃぶらせ、
腕の中で二人を絡み合わせ、ディープキスさせ、お尻の穴まで舐め合わさせました。
その夜は、部屋の布団の上や、部屋付属の露天風呂で時間を惜しむように朝まで貪りあい
ました。
 旅行は3泊4日でしたが、豪華な食事や観光もそこそこに、殆ど繋がったままの
4日間を過ごしました。
 私たちは子供がいませんでしたが、この旅行で妻が妊娠し、夏前には子供が生まれます。
N美もH美ママも喜んでいますが、何故妊娠したのかは、3人だけのエッチな秘密です。

母娘妻

37歳の私には、詩織という1989年3月生まれの23歳の妻が います。詩織の処女を貰って8年、結婚して5年が過ぎ、3歳の女の子と間もなく生まれる男の子(だといわれました)がお腹にいます。それでも清廉な深窓の 美少女のような詩織は、大きなお腹で出かけるとジロジロ見られます。

と、ここまでのお話だと私はロリコンだと思われるでしょうが、元は逆なのです。
私は高3のときの初体験の相手が30代の人妻で、それ以来、年上の女性としか付き合いませんでした。従って、詩織が唯一の年下の女性で、初めての処女でした。

今から11年前、26歳の私は36歳のそれは美しい真由美さんに猛アタックして付き合いました。元夫のDVにより34歳で離婚していた真由美さん は、10歳も年下の男に言い寄られて困惑していましたが「真由美さんは見た目が若いから私とでも違和感はないはず。お試し期間で1ヶ月付き合って下さ い!」と真剣にアプローチしまし、そして、お試し期間内に真由美さんを落とすことに成功しました。
私は、真由美さんのこげ茶色のビラ肉を開き、それまでの年上の女性達に鍛えられた舌使いで真由美さんの突起を責めました。ヒイヒイと激しく悶えながら私の頭を押さえつけ、まるで小刻みに腹筋運動ををするように真由美さんはイってしまいました。
「まいったな・・・若い男の子にお口でイかされちゃった。」
真由美さんは私のイチモツを美味しそうに舐め回しました。
「凄く硬い!若いのにいい色してるわね。私、久しぶりだから・・・」
私は、真由美さんのビラ肉を掻き分けて奥深くイチモツを収めました。ハァ~と長いため息を漏らす真由美さんのあまりに美しい顔に息を呑みました。
真由美さんを抱いていたのは初めの10分、気が付けば柔らかな真由美さんの身体に抱きしめられて、真由美さんの腰使いにすっかり支配されていまし た。そして、真由美さんは私の腰を押さえて激しく腰を動かしました。腰を押さえられているため前後のピストンが出来なかったから、深い挿入のまま上下運動 をして膣奥をかき混ぜました。
「ンー、ンー、ンー」
真由美さんは硬直して息が止まっていました。私は耐え切れず真由美さんから力任せに離れて、危ういところで真由美さんの下腹部へ精液をばら撒きました。

私は真由美さんと2年付き合ってプロポーズしましたが断られてしまいました。
「38歳のバツイチオバサンではなく、もっと若い娘と結婚しなさい。」
そう言われてしまいました。でも、今まで付き合った年上の女性で2年続いた人はいません。私は当時中学生だった真由美さんの娘の詩織ちゃんの勉強 をサポートして、詩織ちゃんに父親として慕ってもらえれば真由美さんも考え直してくれると考えていました。とにかく、超絶美形の真由美さんを失いたくな かったのでした。

詩織ちゃんを無事志望校に合格させ、もう1回真由美さんにプロポーズしました。しかし、また断られてしまいました。でも、今度は理由が違いました。
「詩織がね、キミのこと好きになっちゃてるの。娘の好きな人とこれ以上は・・・ごめんね・・・」
真由美さんを諦められない私と詩織ちゃんの気持ちの折り合いが母娘妻なのです。
私は真由美さんと詩織ちゃんの二人を公平に愛し、将来は詩織ちゃんと結婚して詩織ちゃんと子供を作って育てるのです。義母となっても真由美さんを継続して愛するというものです。

こうして私は高1の汚れ無き美少女の詩織ちゃんの15歳の処女をいただきました。初めて見た10代の幼い裸身に興奮してしまいました。そして初めて 見た生娘の股間にはビラ肉がはみ出ていませんでした。私のクンニは痛いといわれ、全てにおいてソフトな扱いが要求されました。私のイチモツの侵入を阻む障 害を感じ、初めての破瓜にイチモツが赤く染まりました。
詩織ちゃんが下唇をかみ締めているようすが痛々しくて、純真無垢な少女を犯す気分を無理やり盛り上げてフィニッシュを急ぎました。

私は深窓の美少女、詩織ちゃんと付き合ううちに無垢な少女を自分の色に染めていく喜びに目覚めました。どうみても処女にしか見えない清廉な美少女の 詩織ちゃんに、日常モードとエッチモードの切り替えを教え込み、日常では純真な女性でいて、エッチモードでは恥じらいを捨てて性の悦びを享受するよう躾け ていきました。
高校を卒業してすぐに詩織ちゃんと入籍して、真由美さんと3人で暮らし始め今に至ります。
5年間過ぎましたが、今でも夜な夜な性宴を繰り広げています。


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