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両親の営みと父への愛

今から2年前、居間でのオナニーを父に見られた。
そんな所でしていた私が悪いのに、父は、
「ごめんよ」
と言った。
母が買い物に行って父と二人になったので、
「お父さんゴメンね。私があんな所でしてたから。」
と謝った。
父は顔を赤くして、
「もう18歳になるもんな。そういう事もするよな。」
「お父さん。今も、お母さんとしてるの?」
「してるよ。母さんのこと好きだもの。」
「見てみたいな。」
「え?」
「私したこと無いから…東京の大学に行く前に、勉強しておきたい。」
「母さん嫌がるよ。」
「するとき教えて。覗いて良い?」
「仕方ないなあ。愛美のお願いには父さん弱いよ…今夜母さんを誘ってみるから」

夜、両親の寝室から気配がした。
父は襖を少し開けておいてくれた。
父は46歳、母は40歳だったが、薄明りの中に浮かぶ両親の裸身はとても美しかった。
父は母の股間に顔をうずめ、母は、父の物を咥えていた。69だ。母は父のものを放し、「はあー」
と切なく喘ぎ、敷布を握っていた。
父のものは、昔お風呂で見たのと違って、大きかった。
それが母のアソコにゆっくり入った。
父は母をうつ伏せにして後ろから入れた。
そのまま仰向けになって私に正面を向け、母を後ろから抱きかかえて座って腰を動かした。
父の私へのサービスか、入っている様子や、母が父に抱かれて幸せそうな表情が丸見えだった。
正常位に戻り、キスしながら動きが激しくなり、父は私から見える角度で母の胸に射精した。
全くイヤらしくない、愛し合う夫婦の感動的な営みを見て、両親が羨ましくなった。

翌日父にその事を告げると、
「愛美はそうやって出来た愛しい娘なんだよ。」
と言われ嬉しくなった。

以後4~5回覗いたが、父に
「あまり覗くなよ」
と言われて、正直な気持ちを伝えた。
「私の処女をお父さんにあげたい。」
父は困惑しながら、
「父娘ですることではない。」
と言ったが、
「今一番愛する男性に捧げたい。」
と言った。
「父さんには愛する母さんがいる。裏切れないよ。」
「じゃあ、誰か知らない人とする。」
これには父も参って、私は18歳の誕生日に、父に処女を捧げた。
父にアソコを舐められ恥ずかしかったけど気が遠くなるほど気持ち良かった。
でも父の物が入ったときは痛かった。
週1回、父に抱かれていると気持ちよくなってきた。
フェラチオも父に教わった。
確実に生理が来る直前には父の精液を膣内に貰った。
愛する父の愛情を直接注がれて幸せを感じた。
大学に行くまで32回ほど父に抱かれた。お母さんごめんね。


純朴妻の日記~義父と妻の近親相姦~

5年間の家庭生活は、妻と息子の事故死という形で幕が下りました。最愛の妻は29歳、息子は2才でこの世を去りました。
 二人が出会ったのは私が25歳、妻が23歳のときでした。妻は特に美人でも可愛いいわけでもありませんが、純朴で優しい女性でした。妻と出会っ て1ヶ月で深い関係になりました。23歳の妻は既に処女ではありませんでしたが、私は気にしませんでした。私も数名の女性と恋愛経験がありますからお互い 様だと思ったからでした。

 妻の遺品を整理していたら、キャンパスノートに書かれた日記が出てきました。一番古いものは妻が高1の日記でした。私はいけないと思いましたが読んでしまいました。今は後悔しています。

 高1の妻には片思いの7歳年上の従兄がいて、彼に対する切ない胸の内が綴られていました。そして8月、お盆で親戚が集まった本家の納屋で、妻はその従兄に処女を奪われていました。日記には、

>痛かったけれど、彼を感じていたい気持ちが我慢をさせた…彼の精液を顔中に浴びて嬉しかった。

妻は初体験でいきなり顔射されていました。しかもそれを嬉しいと…この従兄、妻の葬儀に来て泣いていました。
 この従兄に彼女が出来るまでの約2年、妻は毎週1~2回、この従兄に抱かれていたようでしたが、妻は日記には従兄の好意で抱いてもらっていると 感じていたようです。でも、完全に性欲処理人形にされていただけだと思います。殆どが下半身だけ脱いで前戯もそこそこにそそくさと挿れて射精していたよう です。妻は、時間が無い中会ってくれていると勘違いしていますが、この従兄、ただ出したいだけだったと思います。純朴で素直な妻が不憫でした。

 妻が短大生の頃は、バイト先の社長のセフレでした。45歳の社長に上手にいただかれていたようです。日記には、

>社長さんは、親が決めたので仕方なく奥さんと結婚させられて可哀相な人…運命の人は私だったって言ってくれた…社長さんは、オチ○チ○を舐めてあげると子供のように喜ぶの…私のアソコに社長さんのオチ○チ○が入ると良い気持ちになるの…

妻は完全に不倫セフレとして父親のような親父に膣穴を蹂躙されていたようです。

>社長さんは、私のアソコにキュウリやゴボウを入れるのが好きみたい…ゴボウを奥まで入れられると内臓を掻き回されているようで…トウモロコシだけは痛いので止めてと言えば言うほどグリグリされて…

純朴な妻は、見た目も田舎の女学生のようですから、社長の接待に使われていたようでした。

>私は可哀相な社長さんのために、セーラー服を着て知らないおじさんとセックスした…今日は2人の知らないおじさんにロープで縛られて、お口とアソ コだけでなく、お尻の穴にもオチ○チ○を入れられた…お父さんより年上のおじさんはオチ○チ○を抜かないでアソコの中に精子を出した…

 短大2年の日記に大変ショッキングなことが書かれていました。

>今日は大変なことになった。生理が近い安全日だから3人のおじさんに連続中出しされたけど、その中の一人が父だった。お互い顔を合わせて固まった けど、あの状況では知らない素振りでSEXするしかなかった。私は父のオチ○チ○をしゃぶり、アソコに受け入れた。そして父の精子を子宮に注がれた。驚い たことに、3人の中で父が一番気持ちよかった。いいえ、今までの誰より父のオチ○チ○が一番感じた。もっと父が欲しくなった…

妻は父親とも関係していました。日記からは、短大時代に社長の他に延べ50人とセックスしていることが分かりました。同一人物もいるみたいなので、人数としては10数人でしょう。妻は女子高校生を演じていたようでした。

>今日は母が同窓会で泊まり…父と二人で気まずい…私はタオル一枚で父の布団にもぐりこみ…やっぱり父に抱かれるのが一番気持ち良い…父が悲しむから社長さんとは別れよう…

 短大を卒業してさすがに女子高校生には無理があるのか社長とは切れたようです。

>社長さんにはお子さんもいるので、私が身を引くしかない…
妻は最後まで信じていたのでしょうか。

 就職した妻は、真面目に働いていたようですが、週1回程度父親と関係していたようです。

>今日は、夕方父の車でラブホに行った。父の愛をたくさん感じた…

時々休暇を取って会うことも会ったようだ。

>今日は父も私も休暇を取った。母にばれないように普通に出勤し、駅で父の車に乗った…いつもは夕方慌しい1時間くらいの逢瀬だけど、今日は時間が たっぷりあった…48歳の父が私のために頑張って、午前中、お昼、夕方の3回抱いてくれた…今日はアソコがヒリヒリしてるけど父は大丈夫かしら…今日はお 父さん取っちゃった。お母さんゴメンなさい…

妻と父親のかなり親密な関係が書かれていました。

 妻が23歳の時、日記に私が登場しました。

>なぜか、彼のことを考えると胸が苦しい…彼のオチ○チ○が私のアソコに入る夢を見た…父に話したら、素直に気持ちを伝えなさいと言われた…

私は胸が熱くなりました。父親のアドバイスで私に告白したことを知りました。初めてデートした日の日記には、

>彼のオチ○チ○はどんなだろう…早く彼のオチ○チ○を挿れてみたい…

あのとき妻がこんなことを考えていたとは知りませんでした。でも、妻から求められたことは一度もありませんでしたから、純情な女とばかり思っていました。初めて妻を抱いた日の日記では、

>彼のオチ○チ○は、父のオチ○チ○と同じくらい良い気持ちにさせてくれた…彼のお嫁さんになって、毎日あのオチ○チ○を挿れられたい…そして、父を母に返さなければ…

妻は願いを叶えたのだ。でも、純朴で無垢そうな外見の優しい妻が、何人ものオヤジ達の浮気膣穴下僕にされていただけでなく、実の父親とも関係していたのはショックでした。

 しかし、更なるショックが私を震えさせました。妻が「そろそろ子供が欲しいわ」と言っていてころの日記です。

>今日、父の精子を子宮で受けてしまった…今日は妊娠する可能性が高かったのに、あまりの気持ち良さに父にしがみついてしまったので、父が外に射精できなかった…彼が帰ってきたら彼にも中出ししてもらわなければ…

私は、1週間の研修を終えて帰って早々、妻にせがまれて何度も中出ししたのを思い出した。つまり私の精子より義父の精子が先に受精している可能性が 高いのです。という事は、亡くなった息子は妻と義父の子という事になります。義父は、息子が生まれて半年後に倒れて、そのまま亡くなりました。その時の妻 は、そういえば息子を抱きしめ「お父さん」と言って嗚咽していました。義父の一周忌の日記です。

>息子には亡くなった父の面影があって切ない…愛する彼の子供も欲しい…

私は妻の実家の妻の部屋で泣き崩れました。
「あなたも見てしまいましたか…」
義母でした。義母も泣いていました。
「私は、あの子が就職した頃からおかしいと感じていたんです。あの子が夫を見る目がオンナなんですもの…女は、一度子宮を撫でられると変わるものよ…」
私は義母を押し倒し、襲ってしまいました。義母は51歳ですが未亡人なので飢えていたのか無抵抗で、
「私のようなおばちゃんで役に立つのなら…どうぞお使いください…」
亡くなった妻よりは肉付きは良いが、決して太っているわけではない柔らかな抱き心地の義母を抱きました。義母の使い古されたアソコを義息子チ○ポで掻き回せば、未亡人の義母は久しぶりの快感に大声で喘ぎました。私は義母の子宮に大量に射精しました。

 私は、この事実を知っても妻を愛していましたから、純朴な女のまま眠らせてやる為に、日記を全て燃やしました。そして、四十九日には、義父の眠る墓に妻と息子を納骨しました。

 今、私は亡くなった妻の妹と再婚しています。実はあの後も義母と身体の関係を続けていましたが、妻の三回忌の段取りの頃、義妹に義母との濡れ場を 目撃されてしまいました。義妹は「私の憧れてたお義兄さんを取った」と義母につめより、その場で再婚話に発展したのです。私は義妹との結婚に、義母との関 係の継続を条件にしました。義母はセックスライフの復活で活き活きしていましたので、それをを取り上げるのがかわいそうでした。義妹は承諾してくれて、結 婚を前提に交際しました。義妹は、妻に輪を掛けたような純朴キャラで、私に初めて抱かれた27歳の冬が処女喪失でした。姉と対照的で、見た目どおりの純真 無垢でした。

 今、私は41歳になりました。再婚して7年、元義妹の妻は35歳、5歳の娘と2才の息子、そして、今でも月に2~3回SEXのお相手をしている義母は61歳になっています。5人で仲良く暮らしています。


娘の穿いたパンストでオナニーした鬼畜な父親

私は40代の男性です。物心ついた頃から女性の脚に興味を持ち、特に中学生の頃から女性が穿くパンティーストッキング(以下パンスト)にとても惹かれるようになりました、いわゆる「パンストフェチ」と言われる人種です。
中学2年の頃から、姉のパンストをこっそり穿いたり、姉が伝線させて捨てたパンストを拾ってオナニーしていました。高校を卒業し専門学校に入った のですが、その専門学校は女子の制服がリクルートスーツに似た感じのもので、パンストを穿く決まりになってました。そこで生まれて初めて彼女と言うものが 出来て付き合うことになりました、肉体関係を持つようになって数が月ほどした頃に、勇気を振り絞って「俺はパンストが好きなんだ、穿いたままでセックスさ せてくれないか」と告白しました。彼女は快く承諾してくれて、それ以降毎回ではないですが時折パンストのままセックスしていました。

そんなことが一年ほど続いた後、ある日彼女が「生理が来ない」と言ったのです、避妊はしてるつもりでしたが失敗したのです。元々彼女とは結婚しても いいと思ってましたし、専門学校も卒業間近で就職も決まり結婚してもなんとかやっていけそうな気がしたので、責任を取るという意味だけでなく一つの機会と してプロポーズしました。そして間を置かずして入籍しました、式や披露宴はその2か月後に予算の関係で簡素に行いました、そしてその年の晩秋に娘が生まれ 私は父親になりました。
今から思えば、妊娠後ずっとセックスしてなかったし出産後も子育てでそれどころじゃなかったけど、あの頃が人生で一番充実してました。

1年ほどして落ち着いた頃からからまたセックスするようになりました、そして娘が3歳になった時に妻は仕事に出ると言いました。家計が苦しいかった のも事実だし、勤めに出てくれれば助かるとは思ってました。今だと専門学校卒で就職経験のない女性なんてどこも相手にしてくれないでしょうが、当時はまだ バブルの末期だったので案外簡単に就職先も見つかりました。
毎朝パンストを穿いて出勤仕度をする妻を見るだけでとても興奮しました、帰ってからもセックスする日はパンストをそのまま穿いててもらい、娘が寝てから妻のパンスト脚をじっくり楽しんでセックスしていました。

しかしそんな幸せな生活も長くは続きませんでした、3年ほどは2人目の子供が欲しい事もあって週に最低3回はセックスしてたんですが、次第に回数も減り気付いたら1ヶ月も2ヶ月もセックスしてないこともありました、その2年後には完全にセックスレスになっていました。
しかし私もまだ20代後半で若かったので性欲だけはありました、幸い私はサービス業で平日に休むことも多いので、ある日妻が仕事でいない時に妻が 前日に穿いて伝線したパンストがあったのでオナニーしました。妻と知り合って以来妻のパンストは幾度となく触ってるし穿かせたままのセックスもしていまし たが、妻に内緒でこんなことをしたのは初めてでした、多少の罪悪感もあってものすごく興奮しました。それ以来妻の伝線させたパンストを発見したら収集して おいて、留守中にオナニーしてました。

そして5年前、私にとっては青天の霹靂という出来事が起きました、妻が「くも膜下出血」という脳の病気で急逝したのです。今でこそこんなところで書 けますが、当時はひどく落ち込んで自殺しようと思ったくらいです。妻との仲は冷めてましたがやはり情はあったんでしょう、自殺を思いとどまらせたのは娘の 存在でした、「この子のためにも生きなければ」と思いました。
そしてオナニーのために収集してた妻のパンストは全部捨て心を入れ替えました。

そんな娘も今や短大に通ってます、我ながら男一人でよくここまで育てたものだと思います。特別仲がいいわけではありませんが、世間でよく聞くような 「汚い」とか「臭い」なんて言われて嫌われることもなく、学校に通いながらも食事の支度をしたり家事全般をこなして妻の代わりをしてくれました。
ここからが本題ですが、そんな娘に対して私はとても罰当たりなことをしました。娘は現在就職活動をしています、就職活動と言えばリクルートスーツ を着てパンストを穿きます。私は事もあろうに娘のパンスト姿に興奮して勃起してしまったのです、高校時代はスカートを短くしてたしパンストは穿いてません がタイツは穿いてました、しかしやはり娘だからなのか興奮することはなかったです。
ところが就職活動でパンストを穿いてる姿を見て私は娘に対し欲情しました、正確には娘にではなく娘の穿いてるパンストにです。
その時点では「それだけはやってはいけない」と自分で戒めてブレーキをかけていたんですが、先日とうとう娘が伝線させたパンストが捨てられてるのを見てしまったんです。
理性が吹っ飛ぶとはあのことを言うんでしょう、気が付いたらパンストを手にしてました、私のペニスは「水を得た魚」と言う表現がピッタリのようにそそり立ってました。
理性が飛んで我慢の限界を超えた私は、パンストを寝室に持っていきました、そして娘のパンストに頬ずりして匂いを嗅ぎました。この時点で私は既にブレーキが壊れた車の状態でした、娘に対する罪悪感すらなく「とにかくこのパンストで抜きたい」と思ったのです。
そしてとうとう娘のパンストを最大限まで勃起したペニスにかぶせてオナニーし始めたんです、ほどなくしてものすごい量の白濁液が娘が穿いたパンストめがけて出ました、あまりの気持ちよさに思わず声が出たほどです。

最後までパンストに出しきってしまうと私はしばらく放心状態でした、10分ぐらいそうしていたでしょうか、次第に理性が戻ってきて「なんてことをしてしまったんだ」と思いましたが後の祭りです、私は父親として最低のことをしてしまったのです。

その時は反省して「もうこんなことは絶対にやめよう」と思ったのですが、次の日の夜になるとその反省もどこへやらで、またムラムラしてきたんです。
前日に射精したパンストは後日家庭ごみに紛れさせて捨てようと考え、とりあえず部屋に隠しておいたのですが、そのパンストを再度取り出してみました。
前日に射精した白濁液がまだ乾かず濡れた状態でした、娘の穿いたパンストが自分の出した白濁液まみれになってる様子を見てさらにムラムラしてきました。
そして私はパンストのまだ汚れてない部分をペニスに当てオナニーしたのです。

そのパンストはその日のうちに洗って白濁液を落としてドライヤーの音分で乾燥させ、また私の部屋に隠しました、その後も3回ほど射精しては洗いまた射精を繰り返してます。
その後娘はパンストは穿いてますが伝線させてないのか、私が見つけてないだけなのか、あれ以来別のパンストは手にしてません、でもまた発見したら同じことをするでしょう。


乱倫家族

小さな会社です。三流大学出の私を採用してくれたので一生懸命働いているつもりです。
入社5年が過ぎ、私は28歳になりましたが、ある理由で彼女を作れません。現在社長は57歳で、45歳の奥様は淳子といい、黒木瞳さんに似た小柄で可愛らしい女性です。
私は入社以来4年間、社長夫婦の夜の営みに参加していました。5年前社長は、セックスできるうちに夫婦の思い出を綴りたいと言って、私に夫婦の営みを撮影させました。そして、ズボンの前を膨らませている私にも奥様を抱かせてくれるようになったのです。
「俺も色々浮気してきたから、淳子がまだ魅力のあるうち浮気させてやろうと思ってな。まあ、俺の勃ちが悪くなったというのもあるけどな。」
やがて、社長に断りなく奥様を抱きたい時に自由に抱ける環境になりました。本当に可愛く綺麗な奥様は、セックスすると豹変します。小柄で若々しい体を震わせて「ひぎぃぃぃー、ひぃ、ひぃ」と大騒ぎします。そのヨガる顔もとても綺麗なんです。
昨年の3月、大学を卒業したお嬢さんの美優さんが帰ってきて、社長宅で奥様と戯れることが出来なくなりました。そのため、昨年からは私のアパートで奥様を抱きます。週末はお泊りになることもあります。
実は、あまりにもお若いので、昨年奥様の本当の年齢を聞いてみました。奥様のアソコはそんなに黒くないし、ビラも小さいのです。人妻とは思えない くらいです。外見は30代前半でも通りそうです。スッピンでもシワが目立つこともありません。しかし、奥様の運転免許証の生年月日は昭和42年と書いてあ りました。でも、奥様は後妻であることがわかりました。お嬢さんと奥様は血が繋がっていません。そして昨年、奥様におぞましい事実を聞かされました。
「あのね、去年から、週末、私がここに泊めてもらうでしょう。何故だかわかって?」
「社長公認と言うことではないのですか?」
「向こうの家には誰がいるのかしら?」
「社長とお嬢様ですね。」
「夫と美優は男女の関係なの。今頃愛し合ってるのよ。」
「ま、まさか・・・」
「美優は夫しか男を知らないはずよ。」
「そんな・・・」
「私があなたに抱かれているときは、夫と美優は、ここと大学の中間の町で逢引してたのよ。」
私は、社長の代わりに奥様の性欲の捌け口にされていたのでした。そして、社長の父娘姦に私と奥様も巻き込まれていきました。

因みに私は、お嬢さんを狙ってもいませんし会社にも興味ありません。三流大でも工学部なので、経営の才覚はありませんし興味もありません。マニアックに開発事業に打ち込んでます。
一番可能性の薄い奥様には興味深々ですが・・・

お嬢さんは確かに奥様には似ていません。小柄ではないし、可愛い系でなく美人系です。でも、とても清純そうな美人で、父娘姦をするようには見えません。だからなおさら信じ難いし、ショックでもありました。まさかあんな控えめで大人しいお嬢さんが実の父親と・・・

昨年の夏休み、社長宅に呼ばれて夕食をご馳走になりました。私は、お嬢さんや社長と目を合わせられませんでした。社長が沈黙を破りました。
「もう、俺と美優の関係を知ってるんだろう。美優も、君と淳子の関係を知っているよ。」
「あ、あの、お嬢さん・・・すみません・・・お母様があまりに可愛い女性なので・・・」
お嬢さんはニコッと笑いました。社長は、
「どうだね、君は淳子をお気に入りのようだが、美優とペアの方が対外的には自然だろう。美優と一緒にならんか?もちろん、淳子を好きに抱いていいし、美優を抱いても構わん。俺も淳子や美優を抱く。」

その夜、社長がお嬢さんを抱く場面を目の当たりにした。裸にされたお嬢さんは、素晴らしプロポーションで透き通るような肌でした。社長はお嬢さんの股を開き、
「どうだい。綺麗な割れ目だろう。まだ、俺しか知らないんだ。」
そして社長はしつこいクンニを始めた。「はあん。パパ・・・気持ちいい・・・あん・・・」お嬢さんは、その清純な顔を虚ろな表情に変えてヨガッた。「あー・・・パパのチンチン欲しい・・・あうん!」お嬢さんの口からそんな言葉が・・・
社長は焦らしながら、お嬢さんの膣に生のままチンポを入れました。既に大洪水となっているお嬢様の膣から透明な液が溢れ、チュッパチュッパといや らしい音をたて始めました。「あ~いい~・・・くう~・・・」お嬢様はもう逝きそうでした。社長のリズミカルな腰使いに、「あ・あ・あ・あ・ああー」反り 返ったお嬢さんは横にバタッと倒れ、社長はお嬢さんの胸の辺りに射精しました。
昼間の大人しい清純派お嬢さんの変貌に、私は目がテンになりました。

「今度は君の番だ。美優の前で淳子を抱いてみなさい。」
私は、いつものように奥様をクンニしました。奥様のクリを集中的に責め、一度逝かせました。
「ほほう、前戯で逝かせたか。淳子好みに仕込まれたな。」
その後、奥様にチンポを玩具にされ破裂しそうなほどにされました。そして騎乗位でチンポが取れそうなほどグリグリしてて、「ひぎぃーひいー」と叫びました。その後、正常位でガンガン突きました。
「若い男のセックスは激しいなあ・・・」
社長が呟きました。
「お母様のお汁で彼のおチンチン真っ白になってる。」
お嬢さんは両手を口と鼻の前で合わせてじっと見ていました。やがて奥様は、「ひぃ~ひぃ!ひい!」と叫び始めガクガクと体を震わせて逝きそうでした。私も膣外射精しようとしたら、社長に押さえられて、
「そのまま中の出しちゃえ!それ!」
「ええ!?」
奥様の膣内にドクドクと射精してしまいました。「ひああ~・・・」奥様が逝きました。
「ま、まずいですよ。」
「出来たら産めばいいさ。」
「そ、そんな・・・」
「ははは、淳子は妊娠しないよ。美優の母親が亡くなった後、子供の出来ない淳子と再婚したんだ。もちろん可愛い淳子が好きだったからだが、淳子に子供が出来て美優がないがしろにされるのはいやだったんだ。それほど俺は、美優が好きなんだ。」
恐ろしいほどの愛情を、社長はお嬢さんに注いでいた。でもセックスまでするとは・・・
この日は社長のお宅に泊めていただいたが、なぜかお嬢さんと一緒にさせられた。お互い、セックスシーンを見られたお陰で、照れてしまっていた。

お嬢さんの初体験は18歳、大学は推薦で進学が早めに決まっていたので、アパートを探しに社長と二人で大学のある街に泊まった夜だったそうです。亡 くした奥様の面影を強く残すお嬢様は、亡くした奥様の名前を呼びながら酔った社長に押し倒されたのでした。ホテルのベッドに赤い染みを残して、お嬢さんは 高校3年性の冬、実の父親により女になったのだそうです。

お嬢さんの部屋でお嬢さんとお話して過ごしていましたが、突如お嬢さんが裸になって、
「あの、よろしければ、してみませんか?」
私は、清純なお嬢さんをクンニしました。
「つつ・・・少し強いです。もっとソフトにお願いします。」
「す、すみません・・・」
クリを吸うのを止めて、優しくレロレしました。「はんっ・・・い、いい・・・んはー」社長に何度抱かれたのでしょう、まだまだ少女のようなピンクの膣穴がピンクのヒダに囲まれていました。
「あ、あの・・・舐めさせていただけますか?」
お嬢さんは、私のチンポを掴むと食い入るように見て、パクッと咥えました。
「凄く硬くて長い。パパは年だからってよく言ってたけど、意味がわかった。入れてくださいますか?」
「あの、生で大丈夫ですか?」
「はい、その代わり、外に出してくださいね。」
正常位で入れました。ズルッと奥まで入れて、ゆっくりカリで引っかくように戻しました。
「うっ・・・あん・・・凄く入ってる感があります・・・うああ・・・気持ちいいです・・・」
清純な美形顔が、快感で目がトロンとなっていきました。カリで引っかきお嬢さんのヨガリポイントをチェックし、一気に擦り上げました。「あう う・・・あん、あ、あ、あん、ああああー・・・」大きな声をあげてお嬢さんは反り返って逝きました。今日2回戦目なので逝きやすいのか、あっという間でし た。私は、奥様に射精してまだ3時間くらいなので、持ちがよかったのかもしれません。
「ご、ごめんなさい。私一人で逝っちゃいました。」
「大丈夫ですよお嬢さん。こんな綺麗な女性を抱けただけで十分です。」
「ダメです。男性を射精させるのが女の役目です。」
そう言ううと私を押し倒し、おもむろに騎乗位で激しく腰を振り始めました。
「ああー凄い。さっきお母様がしてたの見て、やってみたかったんです。うわあ!これ凄いです!」
お嬢さんは自分で当たり所を調節して、「ああーああーうあうあうあー」と大騒ぎです。でも、美形の若い娘さんに跨られてグラインドされたらたまりません。
「お、お嬢さん、私も逝きそうです・・・退いてください・・・」
「あううっ・・・」
ぎりぎりで抜けました。ピュピューと精液が宙を舞いました。それをM字開脚で私の腿に尻餅を付いたお嬢さんが眺めていました。
「はあはあ・・・女性が上って気持ちいいのですね。クセになりそうです。でも、危なかったです。」
私は精液を拭きながら尋ねました。
「お嬢さん、中には出ていませんよね。」
お嬢さんは膣に指を入れて、匂いをかいでいました。
「大丈夫です。中には出ていません。それと、お嬢さんは止めてください。美優って呼んでください。」
そう言うと私に抱きつき、キスしてきました。
「セックス合格だから、キスしちゃいます。私達、いい夫婦になれそうだと思いませんか?」
普通はキスしてからセックスだと思うのですが・・・

翌朝、社長は、
「いやあ、昨夜は激しかったようだね。さすが若いだけあって、2回戦も頑張れるんだね。どうだった美優、彼は良かったかい?」
「はい。大変満足しました。ずっと彼を独占してたなんて、お母様はずるいです。」
こうして、私は奥様とお嬢さん、いや、美優を愉しんでいます。社長は、奥様と美優を週1回ずつ抱いています。私は、週末は美優と過ごし、平日は奥様と美優を交互に抱いています。
来年の3月、私は美優と結婚します。しかし、私は現場から手を引くつもりはありませんから、社長は美優にお願いしようと思います。

美優が帰りました。今日は朝と夕方の2回美優を抱きました。本当に美優は綺麗な娘です。清純と言うか、少しポワ~ンとした垢抜けなさもあって、「処女かな?」と思う方も少なくないでしょう。まさか父娘相姦している娘には見えませんね。
素直で気立ての良い美優は最高です。


勘違いの果てに…

俺に似ていないな…
妻に黙って娘のDNA鑑定をした結果、俺と娘に父子関係が不成立だった。
まだ10歳の娘は、俺を異様なまでに慕っている。
遺伝的に遠いから、思春期にも俺を嫌うことは無いだろう。
ならば今から…

小4の娘とお風呂に入り、マンスジを洗ってやる時にクリの辺りをコネてやると、うっとりとした。
看護師の女房が夜勤の時、俺は風呂上りの娘をクンニして、幼い体にアクメへの道筋を刻み込んでいった。
「パァパ、気持ちいいよ。何でこんなに気持ちいいの?」
「ママに内緒にできるなら、もっと気持ちよくなる事してやるぞ。でも、最初は少し痛いかもしれないが、好きな男と女がそれを続けていれば、気持ちよくなってくるんだよ。パパの事好きか?」
「大好き!」

娘が小4の3学期、トロトロになるまでクンニして痺れさせた幼穴に、37歳の肉棒を突きたてた。
「ギャァ!!…イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!…ンーーーーー」
未熟な体で父の欲望を受け入れた娘は、破瓜の痛みに必死で耐えた。
キツキツの幼穴に、ピストンなどしなくても射精感が打ち寄せて、娘の幼穴にドクドク射精した。
「愛し合うとはこういうことなんだよ。」
大好きな父に初めてを捧げ、娘は満足そうに微笑んだ。

10歳でも開発され始めた体は、少しずつ快感を知り、小5になると父の肉棒を喜んで受け入れるようになった。
「早くママが夜勤にならないかなー」
大好きな父に抱かれて、肉棒の快感に喘ぎたい欲望が娘を支配し始めた。
性感を知った11歳は、無垢な肉体を快感で濁らせていった。
「アアン、アアン、アンアンアン…」
父の肉棒に貫かれると、昼間のランドセル少女が切ない女の顔に変わっていった。

小6になった娘は、初めて肉棒で逝った。
「パパ、あのね、セックスでアソコの中に精液を出すと、赤ちゃん出来ちゃうから、赤ちゃん作らない時のセックスは避妊しないといけないんだよ。」
どうやら性教育を受けたようだったので、以降、娘とは膣外射精になっていった。
「アン、アン、アアン…」
「出すぞ!」
娘の胸のあたりに射精して、乳房が少しずつ膨らんで、女らしい体つきになっていたことに気付いた。

中学生になったら、紺色のセーラー服が清純そうな少女を演出した。
父の肉棒を舐める眼差しに、幼さの中に色気を放ち始め、思春期の始まりを告げた。
「アア、アア、パパ、好きよ、アアン、パパ、愛してる、アア~~~…」
ブチュ、クチュ、ジュプッ…父娘の淫らな体液の音が反響した。
「キャー!」
!!?夜勤のはずの妻が、呆然と立ちすくんでいた。
「な、な、何を、あ、あ、あなた達、親子で何を…」
性交に没頭する40歳の父と13歳の娘の痴態を見て、妻が震えていた。
「親子?俺が父親だって?」
「な、何言ってるの…」

俺と娘は他人だったが、妻と娘も他人だった。
妻の不倫の子ではなく、赤ん坊の取り違えだった。
幼い頃から性を仕込み、淫乱な中学生にした娘を、元の親へ返せるわけがなかった。
妻は、離婚届を置いて出て行った。
俺は、娘と夫婦のような暮らしを続けた。

そして、娘が高校2年のとき、本当の俺の娘を育てた夫婦が取り違えに気付き、やってきた。
育てた娘は、俺の元を去り、本当の娘が俺の元へやってきた。
似ていた、俺にも元妻にも似ていた。
でも、とてつもない喪失感に襲われた。
僅か1年半の父娘生活で、娘は大学進学で東京へ旅立った。

一人ぼっちの俺の元に、元娘がやってきた。
「パパ、私達、他人だよね。」
「ああ、もう、俺達は赤の他人だ。」
「じゃあ、パパのお嫁さんにして!ね、それならいいでしょ。」
「両親の承諾がないとだめなんだよ。」
「成人したら、籍入れようね。それまでは恋人!」

俺は47歳で20歳の元娘と再婚した…


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