和子はホラとメモ紙を見せてくれました。
メモ紙に名前とメールアドレスが書いてありました。
ロッカーのドアに挟まれていたのです。
結局、誘われただけと知り、先ほどまでの不安だった状態は解消されていました。
それにも関わらず、身勝手ではありますが、私はすこし興奮していました。
視線が重なって、瞳に引き込まれた・・・。
他人棒をはぐらかす和子でも脈があるんじゃないかなんて不埒なことを考えていたのです。

「あなた、どうしたの?他の人と私が・・・なんていつもみたいに考えてるんじゃないの?」

図星です・・、和子は笑いながら、私の考えを言い当てました。

「ははは、顔に出てる?片岡さんとなら出来た?」

「う~ん、わからない。それに、あなたに隠れて、他の人となんてできないって。」

「じゃあ、今知ったから、隠れてなんか無いよ。」

冗談の風を装いましたが、私は、言わずにいられなかったのです・・・。

「もう・・・、そんなことを言って・・・。」

和子は、困ったようでした。
そして、しばらくの沈黙・・・。

「その場の雰囲気で、また、会ってみてみないとわからないよ・・・。」

私達夫婦の目の前には、「他人棒」が圧倒的な重量感を持って存在していました。
私ばかりでなく、いつもは、はぐらかす和子にとっても意識せざるを得ないものだったと
思います。現に、和子は、他人棒にすんでのところまで遭遇したのですから・・・。

そして、その事実は和子の中の何かを変えたようでした。
もっとも、旅先での開放感や非日常性が、それを後押しているようでもありましたし、
私が目を輝かせていたことも関係あるかもしれません。

「仕方ないなぁ・・、連絡とってみる・・・。」

和子はうなだれながらも連絡をとるといいました。
ただし、文中にいくつかの断りをつけてです。

1.片岡さんとのいきさつを夫は全て知っていること、また、その上で連絡をしていること。
2.最初から性行為を目的とする気にはなれないこと。
3.デートの気持ちで会ってもらいたいこと。
4.結果的に、駄目なものは駄目であること。
5.万が一、性行為に至っても避妊はすること。

これらを含めた内容で、和子は片岡さんへメールを送りました。

メールはしばらくして返信されてきました。
内容は、一緒にいさせてくれるだけで十分であり、思い出をつくりましょうという感じでした。
紳士的な内容に、向こうもそんなに望んでいないのか、それとも自信があるのか、私にはわかり
ませんでした。

当初、私達は、その日もまた、観光地を回る予定でした。
しかし、このメールによって、和子と片岡さんとのデートに予定を取って代わられました。

午前11時、フロントにて待ち合わせ。

その時刻にあわせて、和子は、改めて化粧を直していました。
身だしなみとはいえ、片岡さんと会うためだと思うと胸がジリリとしました。
和子は、胸元の大きく開いた白のブラウスとミニスカート姿であきらかに性行為を意識させる
ような格好です。

五分前、私と和子は部屋を出ました。既にフロントには、片岡さんがいました。
片岡さんは、湯治姿のジャージでなく、ジャケットを羽織り、カジュアルでありながらも
きっちりとしていました。そして、こちらに気づくと立って軽く会釈をしました。

和子は、私から離れ、片岡さんの方に歩いていき、何度か片岡さんと会話を交わしました。
片岡さんは、和子の胸元に目をやり、ニヤリと微笑みました。和子との性行為をあきらかに
意識しているようでした。

 片岡さんは、私に向かって「奥さん、いただきます」と言わんばかりに会釈し、二人は
そのまま旅館を出て行きました。片岡さんは、さりげなく和子の腰に手を当てています。

 私は二人の背中が小さくなって見えなくなると、部屋に戻りました。
和子と二人でちょうど良かった広さも、ガランとして、男一人ではもてあまします。
あぁ・・・、行ってしまったか・・・。
今や、目に見えて、私と和子をつなぐものはありません。
お互いの思いだけです。

このまま、帰るまで待つだけなのか・・・。
そう思っていましたが、しばらくすると、和子からメールが来ました。

「まずは、滝を見に行ってます。」

私に気を使ってでしょうか。その後も、和子からのメールが何度か来ました。
こちらから返信してもそれに対しての返信はありません。どうやら、失礼に当たら
ないように、見計らってメールを送ってるようでした。

「滝の音が凄かった。」

「今から、ご飯です。」

けれども、次第にメールの周期も広くなって来ました。

片岡さんと和子・・・どんな風なのか、気になって仕方ありません・・・。

「これから、山を登って景色を眺めます。」

午後2時半ごろ・・・。
一時間前にメールをもらったのが最後、音沙汰がなくなっていました・・。
そんな状態で、部屋に一人でいると、いろんなことが頭をグルグルと駆け巡ります。
片岡さんは、女性の扱いに長け、何枚も上であることは明らかだ・・・。
それに対して、狼の前の羊のような和子は何もされないでいるだろうか・・・。
和子は片岡さんに言いくるめられるんじゃないのか・・・。どう考えても・・・。
今頃、片岡さんといい雰囲気になり和子と性交をしているんじゃないか・・・。
それを望んでいるはずなのに、後味が悪いのは何故だ・・・。
私は、後悔と興奮の間を行ったりきたりしていました。

そんな状態のため、私は二日酔いが抜けたにも関わらず、自販機で買ったビールのプルタブ
を開けました。外を見ると、雨が降り出しています。
しばらくすると、小降りだった雨は、やがて激しくなり、ザーッと周囲の音を掻き消しました。

雨か・・・、和子と片岡さんは大丈夫だろうか・・・。
そう思いながら、気がつくと私はアルコールに誘われて眠っていました。
そして、午前11時から12時間後の午後11時過ぎ、何の前触れもなく和子は帰ってきました。

「ただいま」

和子の声に私は目を覚ましました。

「おお、おかえり。片岡さんと一緒に帰ってきた?」

「うん・・。」

 和子は、すこし疲れていたようで、それ以上、こちらから何かを聞けるような感じでは
ありませんでした。嫌な目にでもあったのだろうか・・・、そんなことを思わせます。

 衣服は、少し濡れているのかブラウスが透けて和子の乳首が見えます。スカートには、
不自然な位置にシミがあります。足をへんに閉じた格好で体をくねらせていました。

「ちょっと、お風呂に行ってくるね。」

和子はそういい残して、部屋を出て行きました。
和子の立っていた位置には、変なシミがあり男性の精液とわかる匂いがしました。

片岡さんと明らかに性交を行ったようです。そのことについて聴きだすにしても、和子には
整理する時間が必要なのだと私は待つことにしました。

和子は、温泉から戻ってきて、しばらく無言でいました。そして・・・。
「話さなきゃ、駄目?」

はにかみながら、見上げるように、私の顔を見ました。
「嫌ならいいけど・・・。性交したんだよね。しかも中出し・・・で」

「えっ!中出しって・・・どうしてわかるの?」と和子が顔を真っ赤にし言いました。

「さっき、立っていたところに精子が垂れていたからだよ」

 一瞬の間のあと、和子は心して、どこへ行って何をしたのかを順を追いながら話し出しました。
今日あった出来事を、再び、流れに沿って追体験するかのように・・・。

まず、和子と片岡さんは、タクシーに乗って数分のところにある滝を見に行ったそうです。
タクシーの中で、和子は、片岡さんの傍にいながら、詰められない心理的な距離があって、
戸惑っていたと言いました。

一番最初のメールは、その戸惑うバツの悪さから、私にメールでもしたのでしょう・・・。
そして、滝を見終えた後は、今来た道を戻り、旅館を通り過ぎて、山間の店で食事を
したそうです。しかし、その頃には、打ち解けて、腕をさえ組んでいたというのです。

腕を組んだということに、私は驚いて、聞きなおしてしまいました。
「すこし・・・、ふざけてだよ・・・、だって・・・。」
和子はうつむき加減で、申し訳なさそうにいいました。

それは、片岡さんの女性の扱いのうまさのせいだと、私に話しました。
片岡さんのエスコートの上手さ、和子を持ち上げる言葉の数々・・・。
片岡さんにエスコートされると、まるで女優にでもなったかのような気持ちになった
といいます。

また、褒め言葉の数々は、片岡さんが発すると、明らかに嘘くさい言葉も、嘘では
聞こえなくなっていくそうです。和子は、分かっていても、嬉しくなったそうです。
和子をして、こんなに女性をウキウキさせる男性がいるのだなと思ったのです。

ご多分にもれず、和子も、そのテクニックに乗せられてしまったのだなと私は思いました。
ましてや、そういうことに免疫が少ない和子にとっては、やや刺激的だったんじゃない
だろうか・・・、話を聞きながら、ちょっと不安になりました。

ただ、そういう状況に持っていったのは、私のせいでもありますが・・・。

食後、二人は、店の従業員が見晴らしが良いと教えてくれた、店の裏に登山口のある小さな
山の頂上まで上ったそうです。距離としては、徒歩10分くらいというところでしょうか。
ヒールを履いてなくて良かったと和子は笑いながら話しました。

しかし、頂上までという時に、突然雨が降ってきて・・・。
二人は、散歩道を少し下ったところにあったお堂まで引き返したようです。
やがて、雨が激しくなり、お堂の屋根の下では心許無く、戸が開いたことを幸いに、お堂の
中へ入りました。

中は薄暗く、畳6畳分くらいの広さがあったそうです。
ただ、所々、雨漏りがしていたとのことでした。
それを避けるように和子と片岡さんは奥へ奥へと進み、結局は二人肩を寄せ合うことになった
そうです。