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2015年09月

やたらとブラチラをする同級生

中学生の時の話です。クラスにそこそこ美人の木村信子という女子が居て、その子が見せつけるかのように、ブラチラをするのです。
通っていた学校の体操服は、ジャージは指定だったものの、Tシャツにきまりはなく自由でした。とは言え、たいていは、ジャージとセットになってい るシャツを着ているのが大半でしたが、木村さんはたいてい緩めの、少しでも屈むと胸元が丸見えになるようなシャツを着ていました。バスケ部に所属していた ので、少しでも涼しげになるためなのかもしれません。さらに生地も薄く、屈まなくてもブラジャーがはっきりと分かるTシャツを着ていました。

通っていたのは田舎の学校で、制服は登下校時に着用するためにあるようなもので、つまりは春から秋口にかけては、女子はずっとTシャツで授業を受けたりしていました。なので、木村さんのブラジャーも見放題です。
休み時間などで、木村さんが、何か屈むような動作をすると、ブラジャーが丸見え。胸は大きくなく、谷間はできませんが、それでもブラジャーは丸見えです。それを知っている男子は、さりげなく木村さんの近くに行き、ブラチラをする瞬間を狙っています。
前屈みだけではなく、袖も緩いので、腕を上げても、袖口からブラジャーが見えます。木村さんだけでなく、そういう女子は他にもいるのですが、木村さんだけは別格でブラチラクイーンでした。間違いなく、クラスメイトのオナペットクイーンでもあったはずです。

とある日の放課後。教室に残っていた木村さんを含む数人の女子が会話をしているのを、教室の外で偶然聞いてしましました。
「信子、そのシャツ、ブラジャー見えまくりなんだけど」の問いに木村さんは「別にブラくらいいいわよ」と。すると他の女子が「男子が覗いているわ よ、絶対オナニーのオカズにしているわ」。すみませんその通りです。でも木村さんは「だよね~。でも面白いじゃん、あたしでオナニーしているとかさ。わざ わざ近寄って覗きに来てるしさ、○○くん(私の名前)もさっき見てたし、多分今日帰ったらオナニーするわよ絶対」なんて事を・・・覗いていたのがバレて る・・・。
「信子はわざと見せて、オカズにされてる?」
「まあね」
「分かった、オカズにされていることを想像して信子はオナニーしているでしょ!」
「してないわよ!」
「してるー」
「してるー」
そんな会話がその後。

当時は、ブラジャーの色は今と違って白が普通。ピンクのブラジャーを着けていたのは木村さんくらい。他にも青やら柄物やら。みんなのオカズになるた めに、色々がんばっていました。10年以上経ったいまでも、当時の事を思い出して、木村信子さんをオカズにしたりしている私です。多分他の男子も同じこと している人が居るかと思われます。


母はもういない

ある日、バイトだと思って出かけたら、シフトを勘違いしていてその日は休みだった。
すぐに帰るのもなんなので、駅の本屋で30分ほど立ち読みをしてから帰ることにした。
母も今日はパートが休みだというので、帰ったら久しぶりに近所のファミレスかどこかでお昼でも食べようとか考えながら家に帰った。
玄関を開けると見知らぬ靴が…。
お客さんだと思い、そーっと部屋に戻ろうとすると、母の部屋から「あぁ」という声が聞こえた。
もしかしてと思い部屋をのぞくと、素っ裸の若い男が、上野下着だけの母をクンニしていた。
あまりの衝撃で体が動かず、その行為をただただ見ていた。
2人の上下の位置が変わると、男によって母が来ていた下着が脱がされ、騎乗位が始まった。
よく見ると、男はパート先にいた男だった。以前家の鍵を忘れ、借りに行った時に見た顔で、おそらく自分と同い年。
その後も2人は騎乗位からバック、バックから正常位と、我を忘れたかのようにセックスに明け暮れていった。
正直、母のセックス姿には興奮したが、正常位で見つめあいながらしているときに男が「俺のこと愛してる?」と聞いたのだ。
それに対し母は「愛してる、世界一愛してる」と言ったのだ。「実の息子より?」と聞かれた母が「あんな子いらない、あなただけでいい。あなたと1日中セックスしているのがいい」と乱れながら言った。
母はその男の女になっているのを確認した後、こっそり家を出て、普段のバイト帰りの時間に家に帰った。

こうなったら母から直接セックスの話を聞いてみたいと思い、「言いづらいんだけど、今日誰かとセックスした?」と聞いてみた。いや、聞いてしまった。
驚く母に見ていたことを話せば嫌われると思い「ごめん、ずっとお母さんと2人で暮らしてきたから、母さんの雰囲気で分かった」と嘘をついた。
誤魔化そうとしていたのか?あきらめた母は「ごめんね。その通り。お付き合いしてる人がいるの。ごめんね、ごめんね…」と答えた。
「もういいよ、でも嘘はつかないでね」と母に話すと、泣きながらうなづいた。

しばらく母とその男の関係が続いたようだが、半年くらいして、気づいたころには自然消滅していた。


姉は私に「怖がらなくてもいいよ」と

当時姉は高2(私は中2で14)でしたが、お風呂も姉に誘われて一緒に入ることが多かったです。
「体を洗ってあげる」といっては石鹸の泡をつけた手で私の胸やお尻を触ってきました。
私が小6で胸が膨らんできた頃から、姉はスカートに手を突っ込んできたり、胸を揉んだりしてきましたが、
その時はただふざけているとしか思っていませんでした。
そして中2の五月頃に両親が町内会の旅行で出かけ、家には姉と私の二人しかいない状態に。
寝てる時、ごそごそと妙な気配がするので目を開けてみたら、姉が私のパジャマのボタンを外してました。
既に上半身はブラも外されてるし、手を押さえられてのしかかられていたので動けません。
姉は「怖がらなくていいよ」と言って私にキスをして、舌まで入れてきました。
噛んでやろうかと思いましたが、姉に悪いような気もしてできませんでした。
その後姉は私の胸を揉んだり、ショーツを脱がせて私の股間を舐めてきたんです。
不覚にも感じてしまい、姉に「気持ちいいんでしょ、乳首まで硬くして。」と官能小説まがいの台詞まで言われました。
そして姉は自分のしたことを、私にするようにいって来るんです。
で、結局私は姉の股間を舐めました。
姉は私の頭を押さえつけて感じてました。
そしてそのまま私達は裸で抱き合って一晩同じ布団の中に一緒にいました。
次の日が日曜日だったのがせめてもの救いで、起きた時間が10時頃でした。
疲れてぶっ通しで寝てしまったみたいです。
どうも長々とすみませんでした。
あと、姉(大学生)とは今でも同居しています。

黒いストッキングにそそられて好みじゃない女と

俺は性に芽生えた頃から女性の脚に惹かれるところがありました、いわゆる脚フェチと言うやつです。
しかも生脚よりハイソックスを穿いた脚がとても好きで、高校時代なんかは彼女の高校が白いハイソックス指定で、学校帰りに彼女とエッチする時なんかは、制服は脱がせてもハイソックスを穿かせたままってことはよくありました。
ただしその頃はソックスの蒸れた匂いとかはどちらかと言えば苦手で、別にソックスの匂いを嗅ぎたいから穿かせたままエッチしてたわけではなく、ビジュアル的に裸に白いハイソックスを穿かせたままの方が萌えると言う程度でした。
それが大人になりストッキングと言うものに興味を持ち始めました、ストッキング自体は高校時代の彼女も休日のデートで穿いてきたことは何度もありましたが、「穿いてたほうが脚が綺麗に見えるんだな」と言う程度で、エッチの時に穿いててほしいのはハイソックスの方でした。
大学を出て社会人になり3年ほどした頃でしょうか、同じ会社の一つ年下の子と付き合うことになったのですが、彼女は会社はもちろん休日のデートでも必ずストッキングを穿いていたのです。
最初の頃は「この子ってハイソックス穿いてくれないんだな」と思ってたのですが、次第に「ストッキングもいやらしいもんだな」と感じるようになったのです。
ただしその時はまだストッキングを脱がせる前にじっくり脚を触ると言う感じで、あくまでストッキングを脱がせるまでのシュチュエーションを楽しむ と言った程度です、その頃になるとストッキングの蒸れた匂いにも次第に興味を持ち始めてて、彼女に気付かれないようにさりげなく匂いを嗅いでました。
ちょうどその頃に見たAVでとても衝撃的なものがありました、それはストッキングの股の部分を破いて挿入してしまうものでした、「これやってみたいな」と思いましたが、いざ彼女とエッチとなった段階で「ストッキング破かせてよ」なんて到底言う勇気もありませんでした。
その彼女とも2年ほどで喧嘩別れし女日照りの日々が1年以上続いた時です、どうにも我慢できず出会い系サイトに手を出してしまったんです、ところ がひどい時は約束をこぎつけても実際にその女が来なかったり、うまくホテルに誘ってエッチすることに成功してもなぜか満足感がないのです、所詮俺も相手も エッチだけが目的で愛などないからです。
そろそろやめようかなと思ってた頃にデートに誘う約束をこぎつけた女がいました、最初からエッチもオーケーと言うことでしたが、待ち合わせ場所に来た相手がどう見ても35歳はいっててしかもブスだったのです。
俺は年下好みだしエッチだけの関係ならまず顔で「可愛くなきゃ」と思ってましたから、普通なら軽くデートだけして携帯が鳴ったふりでもして「急に仕事が入った」とでも言って逃げるところですが、相手の女は黒いストッキングにスニーカーを穿いててそそられてしまったんです。
晩秋でしたが少し汗ばむぐらいの陽気の日にストッキングにスニーカーです、「スニーカーの中は相当蒸れてるだろうな」と考えただけで「嗅ぎたい」 と思いました、さらにブスとは言え生理的に受け付けないほどのブスではなかったし、脚は細くて俺好みだったのと、話している雰囲気で「もしかしてストッキ ングのままやらせてくれるかも」と思ったので、ホテルに行くことにしました。
ホテルに入り「どうせ今日限りだし、拒否されてもいいや」と思い「俺ストッキングが好きなんだけど、匂いとか嗅いじゃっていい?」と打ち明けてみました。
「えー恥ずかしいよ」と答えましたが、「変態かな?、嫌なら無理にとは言わないけど・・・」と言うと、「昔の彼氏でストッキング好きって人いたし、別に変態とまでは思わないけど・・・本当に臭いかもしれないけどそれでもいい?」と了承してくれました。
黒いストッキングに包まれた脚をじっくり愛撫し、いよいよスニーカーを脱がせて鼻を近づけました、思ったほど臭くはなくどちらかと言えば新しそうなスニーカーだったこともあり、スニーカーのゴムとかの匂いの方が強く感じました。
スカートをめくりあげストッキングを穿かせたままパンツの中に手を入れアソコをじっくりといじってやると、35歳は過ぎてるとは思えないほど可愛 い声で激しく喘ぎだし、さらに攻め続けながら「ストッキング破いちゃっていい?」と聞くと「いいよ、好きにして」と言ってくれました。
ストッキングの股の部分にある縫い目の一本線を指でなぞって、とうとう両手で縫い目のあたりを挿入できるほど破きました、スカートはプリーツスカートだったのでめくったまま、パンツを横にずらしていよいよ挿入しました。
俺は丸裸だったのでストッキングを穿いたままの脚の感触が俺の肌に伝わり、さらに匂いをむさぼるように嗅ぎながら腰を振りました、彼女も「イッ ちゃう、イッちゃう」と叫びながら興奮してか自分で自分の穿いてるストッキングの太ももあたりを爪で破き始めたのです、その姿に俺はさらに興奮してもう我 慢できなくなり、コンドームは付けてたので中で思いっきり出しました。
事が終わった後に彼女は本当か嘘かはわからないけど「今までで一番興奮したし気持ちよかった」と言ってくれました。
それから半年以上たち現在も彼女としてじゃなくあくまでセフレとしてですが、俺達はまだ続いてます、いつもストッキングにスニーカーを穿いてきて くれて、ストッキングのままさせてくれ、さらに最近では事が終わった後に破いたストッキングを脱いで「はいおみやげ♡」と手渡してくれるようになりまし た。

クズの俺が実母とえっちした話

私が二十歳。
実母が42歳の時の背徳の母子相姦。
母は私が小学1年の時に、父と離婚。

私を引き取り実家に帰郷。
町工場で働きながら私を育てました。
小さい頃は母に対して特別な感情など持つ事もありませんでした。

異性にいや、性に興味を持ち始めた頃から母を女として見るようになりました。
母にと言うより女性の体に興味があると言うのが本当の所だったのです。
内気だったので女性と話をする事も出来ず、もちろん彼女も出来なかったクズ系真面目な私にとって、母は一番身近な女性だったのです。

まず最初にした事が風呂に入っている母を覗き見する事。
田舎の家だったので風呂場は木造作りで壁板に所々穴が開いており、そこから覗いていました。
しかし母の胸は見えても、肝心な女性器は毛で覆われていて見えません。

どうしても女性器が見たい。
おまんこが見たい。
膣がみたい。

大陰唇が見たい。
私の想いは募るばかりでした。
風呂場では遠くて見えない、ならば近くで見るしかない、そう思った私は母が寝ている時に見る事にしました。

田舎の狭い家で二間しかなかったのですが、その間は渡り廊下みたいなものでつながっていました。
祖父母が奥の部屋で私と母が入口側の部屋で寝ていました。
貧乏でしたので寝る時は母と一つの布団で寝ていました。

母はネグリジェのような物を来ていましたが、夏場は暑いので裾ははだけている事が多かったです。
その日も下着が丸見えの状態でした。
私は懐中電灯で母の股間を照らして見ました。

ショーツの脇から陰毛が3本ほど出ています。
それを見ただけで、心臓は早鐘を打ったようになり、私の股間は痛いくらいに勃起していました。
ゆっくり近づきショーツに手をかけました。

脱がすと起きてしまう恐れがあったので、あの部分を少し横にめくる事にしました。
震える手で恐る恐るずらしてみました。
私の目の前に夢にまで見た母の性器が現れました。

遂に私は母の性器を目の当たりにしたのです。
ショーツで引っ張られ少し口を開いた状態のそれは私にとって衝撃的な光景でした。
急激に快感が押し寄せ、それだけで射精してしまいました。

「うーん」不意に母がうめいたので慌てて手を離し寝たふりをしました。
これ以上は無理だと思いトイレに行き、パンツについた液を拭き取り、母のものを思い出しながら自慰をし再度放出しました。
今までした中で一番の快感を感じました。

それからも時々、気づかれそうになりながらも、覗いて自慰のおかずにしていました。
回を重ねるうちに当然の事ながら次は挿入したくなって来ました。
毎日挿入する事を考えて自慰をしていましたが、結局行動に移す事が出来ませんでしたが、一度だけそれに近い事はした事があります。

ある冬の寒い晩の事です。
夏は良いのですが、冬は寒くて布団の中で引っ付いて寝ていました。
母は私に背を向け寝ています。

私は寒いふりをしていつも以上にくっつきました。
母のお尻の部分に私のペニスが当たり、段々大きくなって来ました。
気持ちいいので押し付けてみました。

母は軽い寝息を立てています。
私は大胆になり自分のパンツを下ろし、直に母の性器と思われる部分に当てました。
私のペニスと母の性器の間には薄いショーツの布一枚があるだけです。

軽くピストンの真似事をしただけで射精してしまいました。
母の下着にべっとり精液が着きましたが、バレたらバレてもいいやと思い、そのまま寝てしまいました、しかし、その後も母は何も言わず、二人の間には何事も無く、高校を卒業して、就職の為に田舎を後にしました。
就職してから彼女も出来て童貞ともおさらばする事が出来ました。

母の事もすっかり忘れていましたが、卒業して3年後の盆の帰省の時、その事は起こったのです。
久し振りに帰省した晩、風呂に入り母とビールを飲みながら話をしました。
「お前もお酒が飲める年になったんだね」と母は嬉しそうに言いながらビールを美味しそうに飲んでいました。

私も嬉しくなり、母に何度も注ぎました。
12時を過ぎ、酔いも回ってきたので寝る事にしました。
母は「飲み過ぎたわ、明日起きれるかしら」と言いながらも嬉しそうに笑い寝床につきました。

夜中に喉が乾き水を飲みに起き、トイレに行って帰って来て母を見ると高校時代に見た時と同じ様に、ネグリジェの裾がはだけ、ショーツが丸見え状態でした。
突然頭の中にあの時の事が蘇って来ました。
高校時代に2年余り挿入したいと思い続けた母のマ○コがショーツを着けているとはいえ、無防備にそこに横たわっています。

私は「ゴクリ」と生唾を飲み込みました。
母は軽いいびきをかいて寝ています。
体を少し揺すってみましたが、まったく起きる気配がありません。

あの時の快感が頭に浮かび、股間ははちきれそうになっていました。
「長年の夢を叶える時だ!」酒の酔いも手伝い何の見境も無くなった私は行動に移す事にしました。
挿入前に起きられたら、拒まれ抵抗されるに決まっています。

下着を脱がしたら起きてしまうと思ったのでハサミを取って来てあの部分、デルタ地帯を覆っている布を切り離す事にしました。
震える手でハサミが母の体に当たらないように気を付けながら切り取りました。
切った布をめくると懐かしい母のマ○コが少し薄くなった陰毛の中に息づいていました。

早く挿入したい!挿入してしまえば後は何とかなる、そう思っていました。
酒の酔いが無ければそんなむちゃくちゃな考えはしなかったでしょう、母のマ○コに口を付け舌で唾液を軽くつけ、先走りを垂らしながらいきり立って いる自分のペニスに唾液を塗り、母の足を開き、ゆっくりとペニスの先を母のマ○コの少し開き気味になっている膣口に押しつけました。
お互いの物を唾液で濡らしてあったのでそれだけで亀頭の部分がヌルッとした感じで入りました。

母の中に入っている、そう思っただけでもう爆発しそうでした。
少し気持ちが落ち着いた所で腰をぐっと突き出すと母のマ○コの中を押し開くようにして入って行き、そして根元までスッポリ入りました。
脳天まで突き抜けるような快感がおそいました。

必死で我慢してからゆっくりとピストンを開始しました。
しばらくすると母が「うーん」とうめき、薄目を開けました。
しかし、まだ何が起きているのか理解出来ないようで「えっ、なに…どうしたの?」とすっとんきょうな声を出していましたが、下腹部の異常に気付くと「何しているの!止めなさい!」と叫びながら母の必死の抵抗が始まりました。

両手で私の胸を押し返そうとします。
私はそうはさせじと母の両肩をしっかり抱きしめ動かれないように押さえつけます。
すると今度は下半身をひねって私のペニスを抜こうとします。

その間も「いやぁー、止めて!」と泣き叫んでいます。
耳元で「じいちゃん、ばあちゃんに聞こえるよ」とささやくと急に大人しくなりました。
その前から隣は気になっていたらしく、泣き叫ぶと言っても大声を出すほどでは無かったのです。

その間もピストンは続けていたので母のマ○コもグチュグチュに濡れています。
今考えればそんな禁断な状態に母も興奮していたのかも知れません。
母は涙を流しながら観念したのかじっとはしています。

また私はゆっくりと動き始めました。
動く度にヌチャヌチャと音がします。
母は何かを我慢するかのように眉間にシワをよせていましたが、やがてシーツを握りしめ、体をそらし始めました、段々ピストンのスピードを速めると遂に母の両腕が私の背中に回り、抱きついて来ました。

下から下腹部を押し付けて来ます。
息が荒くなっています。
母が感じている!そう思うと嬉しくなり更にピストンを速めました。

そして今まで感じた事が無いほどの快感が押し寄せ、思い切り母の中へ放出していました。
それを感じとったのか母も思い切りのけぞり、両脚を膠着させ逝きました。
私は母に覆い被さったまま肩で大きく息をしていました。

母も息も絶え絶えの様子で横たわっています。
お互いに何も言いません。
と言うか言葉がないと言った方が正しいでしょうか。

下になっている母が可愛く見え、唇を合わせると母も舌を絡めて来ます。
しばらくそうしていると私のペニスがまた大きくなって来ました。
それに気付いた母は「アラッ!やっぱり若いわね」と言いながら二人の結合部分に手を持って行き、じかに私のものを触り、「硬くて大きい」と言いながらさすっていました。

「不思議なものね、お前が出て来た所にまた帰ってくるなんて…」
「高校の時からやんちゃなおちんちんだったわね」
「えっ、知っていたの?」と私が聞くと「当たり前じゃない、気付かないはずがないでしょう?あんな事されて…」母はそれ以上の事をされたら叱りとばすつもりだった事、年頃だから性に興味があるのは仕方ないと思って知らないふりをしていた事を話した。
「でも今日はさすがに酔っていたせいもあって気付かなかったわ、しょうがない子ね!」と軽く笑った。
そして「これは夢よ!2人とも夢を見ているの、だから目が覚めたらおしまい。分かった?約束よ!」母は私に言いながら自分にも言い聞かせているようでした。

私は「まだ目が覚めていないよ」と言いながらまたピストンを始めました、母も「今日は起きれないかもと言ったでしょう?」と言いながら背中に手を回して来ました。
結局その後、朝まで3回ほど交わりました。
中出しでしたが幸いに妊娠もせずに済みました。

母とはその夜限りでしたが良い思い出として残っています。
その後は以前の親子関係でいます。


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